耳赤の局
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2017/05/02 09:51 UTC 版)
本因坊秀策18歳時の井上幻庵因碩との対局として著名な「耳赤の局」でも、幻庵は大斜の新型を繰り出している(弘化3年,1846年)。この時の手順は互角の分かれとなり、現代においても定石とされている。
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