石川紹喜とは? わかりやすく解説

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石川紹喜

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/02/27 18:02 UTC 版)

 
石川紹喜
時代 江戸時代後期
生誕 安永4年(1774年)10月24日
死没 天保15年(1844年)7月26日
別名 友次郎、左近
官位 正六位下、左衛門権大尉
幕府 江戸幕府
氏族 坪田氏→石川氏
父母 実父:坪田脩貞、養父:石川紹治あるいは石川紹庸
紹儀、千佐
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石川 紹喜(いしかわ つぐよし)は江戸時代武士地下官人

概要

地下家伝』では石川紹治の子とされるが、『御内儀侍中家譜』では石川紹喬の孫、紹栄の子である石川紹庸の養子で坪田脩貞[1]の実子とされる。通称は友次郎であったが、寛政元年(1789年)9月14日に左近へと改名した。寛政元年(1789年)11月15日に番代使番に、文化3年(1806年)5月16日には御壺召次に任じられ、同月25日には従六位下・右衛門大志に叙任された。同14年(1817年)2月24日には番頭、翌年1月8日には洞中の修理職の常加勢となった文政7年(1824年)6月20日には従六位上・左衛門権大尉に叙任され、天保4年(1833年)11月27日に正六位上に叙された[2][3]

娘の千佐は近衛忠房の側室となり津軽英麿を産んだ[4]

脚注

注釈

出典

  1. ^ 三上景文著『地下家伝 第14-20 (日本古典全集 ; 第6期)[1]』(日本古典全集刊行会、1938年)
  2. ^ 渡辺供資『御内儀侍中家譜[2]
  3. ^ 三上景文著『地下家伝 第14-20 (日本古典全集 ; 第6期)[3]』(日本古典全集刊行会、1938年)
  4. ^ 栗田尚弥「第2回「津軽英麿」兄、近衞篤麿の「同人種同盟論」を批判―栗田尚弥[4]」(一般財団法人霞山会、2022年)



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