田中鉄太郎とは? わかりやすく解説

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田中鉄太郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/04/18 02:53 UTC 版)

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田中 鉄太郎(たなか てつたろう)は、日本フィギュアスケート選手(男子シングル)。コーチ。1953年全日本フィギュアスケート選手権2位。

経歴

1936年全日本ジュニア選手権で2位に入る。その翌年の1937年の全日本ジュニア選手権でも2位となる。1953年全日本選手権に出場し小林正水に続いて2位に入る[1]

引退後は、1964年稲田悦子片山敏一らとともに日本フィギュアスケーティングインストラクター協会を設立した[2]。教え子にはグルノーブルオリンピック日本代表の石田治子長光歌子などがいる。

主な戦績

大会/年 1936-37 1937-38 1953-54
全日本選手権 2
全日本ジュニア選手権 2 2

脚注

  1. ^ 日本スケート連盟 フィギュア歴代記録 男子シングル
  2. ^ 日本フィギュアスケーティングインストラクター協会



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