熊州 (河南省)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/05/08 02:31 UTC 版)
熊州(ゆうしゅう)は、中国にかつて存在した州。南北朝時代から唐初にかけて、現在の河南省洛陽市西部に設置された。
概要
東魏により設置された陽州を前身とする。558年(明帝2年)、北周により熊州と改称された。隋のとき、宜陽郡に属する宜陽県・甘棠県・昌洛県と同軌郡に属する熊耳県・澠池県と新安郡に属する新安県・東垣県の3郡7県を管轄した。605年(大業元年)に廃止され、管轄県は洛州に移管された[1]。
618年(武徳元年)、唐により宜陽郡が熊州と改められた。熊州の澠池県と東垣県が穀州に編入された。620年(武徳3年)、熊州の永寧県が分離されて、函州が置かれた。621年(武徳4年)、唐が王世充を平定すると、熊州は洛州総管府に属した。625年(武徳8年)、函州が廃止されて、永寧県が熊州に復帰した。627年(貞観元年)、熊州は廃止された[2]。
脚注
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