浅井秀信とは? わかりやすく解説

浅井秀信

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/20 00:43 UTC 版)

 
浅井秀信
時代 戦国時代
生誕 不明
死没 天文12年(1544年[要出典]
別名 五郎兵衛尉、新三郎?(通称)、惟政?
主君 浅井亮政久政
氏族 浅井氏
父母 浅井清政?
亮親
テンプレートを表示

浅井 秀信(あざい ひでのぶ)は、戦国時代武士浅井氏の家臣。

略歴

「阿部文書」により五郎兵衛尉を名乗ったことが確認できる。浅井亮政に信任され、右筆を務めた(「南部文書」)。本願寺との取次を務めたことから秀信の名は『天文日記』にも見える[1]

柳営婦女伝』では越後守清政の子、惟政(新三郎、五兵衛)として見え、備前守亮政の猶子になったとする[2]。ただし『天文日記』から浅井越後守の存在は確認できるが、秀信の父であるかははっきりしない[1]。『柳営婦女伝』では兄弟に壁閑(新十郎、蔵人入道)、明政(石見守)、福寿庵(惟安首座)、貞政(越後守)[2]

『天文日記』では五郎兵衛尉の子は与次とされている。浅井与次の実名は亮親であることが「鈴木文書」によって確認できる[3]

出典

  1. ^ a b 黒田 1927, pp. 24–25.
  2. ^ a b 国立国会図書館デジタルコレクション”. dl.ndl.go.jp. 2024年4月20日閲覧。
  3. ^ 黒田 1927, pp. 25–26.

参考文献





固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「浅井秀信」の関連用語

浅井秀信のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



浅井秀信のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの浅井秀信 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS