明清期の荘園
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/01 06:18 UTC 版)
明清期においても、前王朝の官有地や没官地(前王朝関係者の荘園を接収したもの)、戦乱のおりの荒廃地などを宮廷や諸王、勲戚、官僚などに荘田・荘園などとして与えた。こうした荘園は中央の内官や校尉によって管理されたが、現地の有力者を荘頭に任じて実務を行わせる場合もあった。明は国内各地に宮廷直営の皇荘を設置した。清では皇荘に替わって拠点となる直隷及び満洲に内務府官荘や盛京戸部・礼部官荘が設けられた。官荘には永小作権を有する漢人世襲の荘頭が置かれ、官荘内より租税を集めて生産物(後世にはその代銀)を宮廷に納めた。
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