旧神谷家住宅 (安城市)とは? わかりやすく解説

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旧神谷家住宅 (安城市)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/12/27 15:42 UTC 版)

旧神谷家住宅
情報
構造形式 木造瓦葺[1]
建築面積 203 m² [1]
階数 平屋建一部2階建[1]
竣工 1920年
所在地 444-1165
愛知県安城市野寺町野寺33-2
座標 北緯34度53分57.8秒 東経137度05分8.9秒 / 北緯34.899389度 東経137.085806度 / 34.899389; 137.085806 (旧神谷家住宅)座標: 北緯34度53分57.8秒 東経137度05分8.9秒 / 北緯34.899389度 東経137.085806度 / 34.899389; 137.085806 (旧神谷家住宅)
文化財 登録有形文化財
指定・登録等日 2024年8月15日[1]
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旧神谷家住宅(きゅうかみやけじゅうたく)は、愛知県安城市野寺町野寺33-2にある邸宅。主屋が登録有形文化財

歴史

本證寺

西三河における有力な真宗寺院である本證寺の境内に隣接する。1920年(大正9年)に建てられた[2]。1945年(昭和20年)1月13日の三河地震では柱などに被害が出た[3]。1983年(昭和58年)頃に改修された[2]

2024年(令和6年)8月15日、主屋が登録有形文化財に登録された[1]。登録基準は「造形の規範となっているもの」[2]。安城市では18件目の登録有形文化財である[3]。建物は安城市が取得しており、耐震補強を行った上で一般公開が予定されている[3]

建築

切妻造、桟瓦葺[1]本證寺の内堀の南東にある[1]。南面して建つ[1]。2列各3室の六間取の平面構成であり、後列西には角屋敷が接続している[2]。前列西の仏間は説法のために一段高くなっている[2]真宗信仰が発展した西三河平野部の民家の典型例とされる[2]

脚注

  1. ^ a b c d e f g h 旧神谷家住宅主屋 文化遺産オンライン
  2. ^ a b c d e f 旧神谷家住宅 愛知県
  3. ^ a b c 「旧神谷家住宅主屋 国の有形文化財に 安城市内 21年度以来18件目」『中日新聞』2024年3月16日

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