放鶴亭 (杭州市)とは? わかりやすく解説

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放鶴亭 (杭州市)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/06/23 06:37 UTC 版)

放鶴亭
放鶴亭、2017年
概要
用途
所在地 浙江省杭州市西湖区西湖孤山
中国
座標 北緯30度15分35秒 東経120度09分00秒 / 北緯30.259613度 東経120.149983度 / 30.259613; 120.149983座標: 北緯30度15分35秒 東経120度09分00秒 / 北緯30.259613度 東経120.149983度 / 30.259613; 120.149983
起工 元代
完成 1915年(再建)
高さ
構造 中国建築
技術的詳細
資材 木、石
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『舞鶴賦』の碑

放鶴亭(ほうかくてい)は、中華人民共和国浙江省杭州市西湖区西湖孤山にある。現亭は1915年の所建である。

歴史

北宋の詩人林逋、字は君復。処士として一生仕官せず、江淮(現在の江蘇省安徽省)を放浪し、後に杭州へ帰り、西湖の孤山に庵を結び、妻をめとらず、梅の花と鶴とを伴ふ。人呼んでこれを「梅妻鶴子」(梅の妻、鶴の子)といふ。後世に亭を建て記念にした。亭の後は林逋の墓。

放鶴亭は至元年間の余謙により創建された。地元の陳子安は孤山で飛鶴を放す。嘉靖年間、王釴中国語版は放鶴亭を再建した。「放鶴亭」と改称。

1986年4月、杭州市人民政府は放鶴亭を杭州市文物保護単位に認定した。

文物

亭内に刻まれた『舞鶴賦』の碑は南北朝時代鮑照の作で、碑文は清の康熙帝董其昌の書体を真似て書いたものである。

文学

の徐留の詩に云く:澹澹両峰雲、溶溶一湖水。但見遺空亭、不見鶴来止。清風拂寒梅、苔蘚迷故址。吁嗟林下人、幽懐曷能已。

清の陳灝の詩に曰く:鶴与人倶杳、白雲空自悠。孤亭凡幾易、一去竟千秋。鴻爪認何処、梅花仍隴頭。待君有華表、何日再来遊。

参考文献

  • 田汝成 (中国語). 『西湖遊覧志・巻二・孤山三堤勝跡』 
  • 李衛; 傅王露 (中国語). 『西湖志・巻九・園亭』 
  • 胡祥翰 (中国語). 『西湖新志・巻一・山水』 

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