怒りのキューバとは? わかりやすく解説

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怒りのキューバ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/11/02 11:36 UTC 版)

怒りのキューバ
Soy Cuba
監督 ミハイル・カラトーゾフ
原案 エフゲニー・エフトゥシェンコ
出演者 セルヒオ・コリエッリ
サリヴァドル・ウッド
撮影 セルゲイ・ウルセフスキー
公開 ソビエト連邦1964
1968年2月13日
上映時間 140分
製作国 ソビエト連邦キューバ合作
言語 スペイン語キューバスペイン語)、英語
製作費 -
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怒りのキューバ』(いかりのきゅーば、 'Soy Cuba ')は、 1964年ソビエト連邦キューバの合作の白黒映画で、モスフィルムが製作し、ミハイル・カラトーゾフが監督したオムニバス映画である[1]

この映画は30年後にアメリカの映画製作者たちによって再発見されるまで、ほぼ完全に忘れ去られていた。アクロバティックなトラッキングショットと独特の演出がきっかけとなり、マーティン・スコセッシなどのハリウッド監督は1990年代初頭にこの映画を復元するキャンペーンを開始した[2]

ストーリー

この映画は、キューバの人々の苦しみとその反応を描いた4つの短編小説で構成されており、最初の物語では受動的な驚きから最後の物語ではゲリラ行進へと展開していく様子が描かれる。物語の合間には、女性のナレーター(「キューバの声」とクレジットされている)が、「私はキューバ。カジノのキューバであると同時に、人民のキューバでもある」といったセリフを語りはじめる。

最初の物語は、キューバの貧困層と、ハバナにあるアメリカ人経営のカジノの華やかさを対比させる。マリアはハバナ郊外のスラム街に住み、果物売りの恋人ルネとの結婚を望んでいる。マリアは「ベティ」という名で、裕福なアメリカ人客を相手にするハバナのカジノでバーの娼婦として、不幸な二重生活を送っているのだが、恋人のルネはそのことを知らない。ある夜、マリアを気に入ったアメリカ人は、自分の部屋に連れて行くのではなく、彼女の部屋を見せてほしいと頼む。彼女は彼を荒れた庭の狭い部屋に連れて行き、渋々彼の前で服を脱ぎはじめる。翌朝、ルネはマリアに数ドルを投げ渡し、彼女の最も大切な宝物である十字架のネックレスを買い取る。アメリカ人男性が立ち去ろうとした時、ルネが部屋に入ってきて、恥ずかしがる婚約者を見つける。アメリカ人は冷淡に「さようなら、ベティ!」と言い残し、出て行く。アメリカ人はその地域から脱出する方法を見つけようとしたが、物乞いの子供たち惨状し混乱する。

次の物語は、大雨の中、農夫ペドロが喜ぶところから始まる。これまでで最高のサトウキビを収穫しようと祈り、やがて十分な砂糖キビが育つ。ペドロがそんな砂糖キビを収穫している最中に地主が馬で農場にやって来て、ペドロが住んでいる土地をユナイテッド・フルーツ社に売却したので、ペドロと家族はすぐに立ち去らなければならないと告げる。 ペドロは作物はどうなるのかと尋ねます。地主は「お前は私の土地で育てたのだ。お前が苦労して育てた分はお前に譲るが、それだけだ」と言い、引っ越すように伝えて、馬で立ち去ります。ペドロは子供たちに何も問題ないと嘘をつき、持っているお金をすべて渡して、町で楽しい一日を過ごすように言う。子供たちが去った後、ペドロは作物と家に火を放ち、煙を吸い込んで息絶える。

3つ目の物語は、ハバナ大学でエンリケという人物が率いる反乱学生の鎮圧を描く(最も長いカメラショットの一つが登場)。エンリケはグループの努力が乏しいことに苛立ち、思い切った行動に出ようとする。彼は警視総監の暗殺を企て、独断で計画を実行しようとする。しかし、警視総監を射止めようとすると、彼は妻と幼い子供たちと朝食をとっているところを目撃し、エンリケは引き金を引くのを止める。エンリケが留守の間、革命仲間たちはビラを印刷していたが、そこへ警察に踏み込みまれ逮捕され、革命仲間の一人が下の群衆にビラを撒き始めると、警察官の一人に射殺されて落下して死ぬ。その後、エンリケは大学で抗議活動を主導し、多くの警察官が消火ホースで群衆を解散させようと駆けつける。鳩の死でデモが暴動に発展した後、エンリケは射殺される。最後に、彼の遺体は通りを運ばれ、彼は自らの信念の 殉教者となるのであった。

最後の物語では、貧しい農民であるマリアーノが、革命軍兵士のアルベルトからの戦闘参加要請を拒否する様子が描かれる。アルベルトはマリアーノの子供たちのより良い暮らしの為の参加を訴えるが、マリアーノは平和な暮らしだけを望んでおり、アルベルトに立ち去るように要求。しかしその直後、政府軍の航空機が無差別爆撃を開始。マリアーノの家は破壊され、息子は命を落とす。悲しみに暮れたマリアーノはシエラ・マエストラ山脈で反乱軍に加わり、最終的に革命を宣言するために ハバナへの凱旋行進へと至るのであった。

キャスト

  • マリア / ベティ - 夜はハバナの売春婦 : ルス・マリア・コラーソ
  • ペドロ - サトウキビ畑の小作農: ホセ・ガヤルド
  • エンリケ - ハバナ大学の学生運動家 : ラウル・ガルシア
  • マリアーノ - 妻と子を持つ貧農 : サルバドール・ウッド
  • アルベルト - ゲリラの兵士 : セルジオ・コリエリ英語版
  • ジム - マリアの体を買ったアメリカ人 : ジャン・ブイセ英語版
  • アンヘル : アルベルト・モーガン
  • グロリア - エンリケが助けた女性 : セリア・ロドリゲス英語版

スタッフ

製作

1961年にアメリカが外交・貿易関係を断絶したことでカストロ政権は孤立し、映画製作を含む多くの分野でソ連に協力を求めた。ソ連政府は、キューバ映画芸術産業協会(ICAIC)との協力に同意し、キューバ革命を題材とした映画の制作資金を提供した。撮影は1963年2月26日に開始された[3]

評価

1990年代まで、この映画は国内外を問わず、一般大衆にはあまり知られていませんでした。しかし、マーティン・スコセッシフランシス・フォード・コッポラがこの映画に注目し、映画の復元作業を開始したことで本作の再評価が始まった[4]

参考文献

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