心の置所
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/01 01:04 UTC 版)
この問題に対する答えとして、沢庵は、どこにも置かないことが仏法の境地であるとし、必要に応じるためには一ヶ所に定めるなとする。孟子の「放心を求めよ」も間違いではないが、仏法の境地の前では、まだ低い段階(俗的境地)であると認知している。
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