徳照寺 (神戸市)とは? わかりやすく解説

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徳照寺 (神戸市)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/07/22 02:33 UTC 版)

徳照寺

山門
所在地 神戸市中央区中山手通8丁目5-23
位置 北緯34度41分15.9秒 東経135度10分27秒 / 北緯34.687750度 東経135.17417度 / 34.687750; 135.17417
山号 光谷山
宗旨 浄土真宗
宗派 浄土真宗本願寺派
本尊 阿弥陀如来
創建年 慶長18年(1613年)頃
文化財 梵鐘(国の重要文化財)
法人番号 9140005000279
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徳照寺(とくしょうじ)は神戸市中央区中山手通8丁目5-23にある浄土真宗本願寺派。山号は光谷山。本尊は阿弥陀如来。この寺の梵鐘は国の重要文化財に指定されている。

歴史

本堂

創立年代は不詳。もと天台宗の草案が蓮如の摂津・播磨巡錫の際に改宗されたものと言われている[1]

寺の縁起によれば慶長18年(1613年)頃ある浪人が出家してこの地に草庵を営んだのが始まりである。寺の記録によれば天保8年(1837年)に本堂が再建されたとある。[2]

阪神・淡路大震災により庫裏や鐘楼が全壊し、本堂も屋根瓦が落ちるなど、境内の建物に大きな被害を受けた。

銅鐘

重要文化財。総高120.5cm。、口径75.1cm。鋳銅製。鐘身は胴張りがあり、四方に袈裟襷を設けて四区に分ける[1]。竜頭は笠形をかみ、頭髪が上に伸び、双頭の接するところに宝珠を設ける[1]。笠形は甲盛り高く上に二条の圏線を置く[1]。上・下帯は連続唐草文を鋳出し、乳の間は四区[1]。乳は半球形の頭部とラッパ型の頚部からなる茸状乳の形式とする。口縁には駒爪を作り出し、鐘身高に対する撞座高の比が25.1%と平安時代後期鐘よりも鎌倉時代鐘に近い数値を示すなど、鎌倉時代鐘の先例となる過渡期の特色が顕著に認められる[1]。竜頭の方向と一致するように2つの撞座を配置する和鐘の典型的な形式は、紀年銘鐘のうちでは本鐘が最古である[1]。内側に「智炬如来破地獄真言」と「宝楼閣随心陀羅尼」の四行の梵字と五輪塔一基が陽鋳されている。

池の間一区に陽鋳されている銘文によれば、大治4年(1129年)4月7日、多治比頼友によって鋳造され、36年を経て破損したので、長寛2年(1164年)7月2日尊智上人が改鋳したとある[3]

もと大和国添上郡にある真言宗御室派成身院の所蔵であったが、天保年間の本堂造営の時に大坂の商人から買い入れられた。

脚注

  1. ^ a b c d e f g 神戸新聞出版センター 1983
  2. ^ 道谷 2005
  3. ^ 「成身院鐘大治四季 四月七日鋳造匠多 治比頼友等也… 既経三六季破損仍 長寛二年七月…尊智上人鋳直之」

参考文献

  • 道谷卓『神戸歴史トリップ』神戸市中央区、神戸、2005年。ISBN 4-9902493-0-5 
  • 神戸新聞出版センター, ed. (1983). "徳照寺". 兵庫県大百科事典. 神戸. pp. 下-297. ISBN 4-87521-100-7
  • 神戸市教育委員会,神戸市健康教育公社 編『神戸の文化財 : 指定文化財のすべて』神戸新聞出版センター、神戸、1982年、95頁。 ISBN 4-9902493-0-5 



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