平敷屋・友寄事件とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > 平敷屋・友寄事件の意味・解説 

平敷屋・友寄事件

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/06/02 19:27 UTC 版)

Jump to navigation Jump to search

平敷屋・友寄事件(へしきや・ともよせじけん)は、琉球王国にて蔡温の改革が行われていた1734年享保19年)に、和文学者の平敷屋朝敏と王府高官の友寄安乗らが「国家の御難題」を企んだとして処罰された事件。

朝敏らが薩摩在番の川西平佐衛門宅へ王府批判の落書や投書をしたとされるもので[1][2]、事件は惣慶親雲上の口から計画が漏れたことで発覚し、逮捕後、朝敏ら同志15名は安謝港にて尖った木で体を貫いて殺す磔刑に処され、連累者も数十人に及び、過酷な処罰が下された。朝敏の長男は水納島へ、次男の朝助は親類預けの後に多良間島へそれぞれ島流しとなり、妻の亀と当時3歳の娘は高離島の上原部落に流された上で身分を百姓に貶された。

脚注

[ヘルプ]
  1. ^ 平敷屋・友寄事件 - 『最新版 沖縄コンパクト事典』琉球新報社、2003年3月(琉球新報ウェブサイト)、2017年7月1日閲覧。
  2. ^ 新城俊昭『教養講座 琉球・沖縄史』編集工房 東洋企画

参考文献

  • 『沖縄学習漫画全集 沖縄まんが物語II(文化・観光 篇)』インターフェース、2012年
  • 屋嘉宗克『琉球文学 - 琉歌の民俗学的研究 - 』近代文藝社、1995年
  • 玉栄清良『組踊 手水の縁の研究』国際大学出版会、1967年



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「平敷屋・友寄事件」の関連用語

平敷屋・友寄事件のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



平敷屋・友寄事件のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの平敷屋・友寄事件 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS