居初津奈女とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > 居初津奈女の意味・解説 

居初津奈女

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/07/05 04:51 UTC 版)

居初 津奈女(いそめ つなじょ、生没年不詳)は、江戸時代の女性著述家画家17世紀後半から18世紀初頭にかけて活動したと考えられている(史跡足利学校事務所による)[1]

来歴

居初氏、名は津奈。「津音」とも記す。貞享から元禄の頃にかけて、京都で女性向けの仮名往来物や奈良絵本を多く著し刊行している。その奥付には「居初女津奈」、「居初氏女津奈」などとある。これらは単に仮名の手本としてだけではなく、当時の女性が守るべき教訓や消息文の書き方、言葉遣いなどについても触れており、津奈女自身が描いた挿絵が入るものもある。その著『女書翰初学抄』の序文によればもともと京都の人ではなく、「壮年」の時に京に上って移り住んだ。そして20年ほど経った頃、ある人から「女文章のしるべ」となるものを書くよう勧められ、辞退したが「望める事数多度」だったので著したのが『女文章鑑』だったという。生没年は不明だが、延享4年(1747年)刊行の『女文章都織』はそれまでの津奈女の著作とは体裁などが違うことから、これは遺稿を出版したものであり、それ以前に死去していたといわれている。なお奈良県立美術館には「雛形絵巻」一巻(紙本着色)を所蔵し、これが津奈女の筆であると伝わるが落款や印章は無く、画風は吉田半兵衛風とされる。

著作

  • 『女文章鑑』 ※貞享5年(1688年)3月刊行
  • 『女百人一首』 ※貞享5年3月刊行
  • 『女書翰初学抄』 ※元禄3年(1690年)1月刊行
  • 『絵入女教訓文章』 ※元禄7年(1694年)3月刊行、津奈女筆の挿絵入り
  • 『女誡絵入女実語教』・『女誡絵入女童子教』 ※元禄8年3月刊行、津奈女筆の挿絵入り。書名は違うが『女実語教』を上巻、『女童子教』を下巻とし上下2巻としている。

参考文献

  • 日本浮世絵協会編 『原色浮世絵大百科事典』(第2巻) 大修館書店、1982年 ※123頁
  • 小林忠編 『肉筆浮世絵大観(9) 奈良県立美術館/京都府立総合資料館』 講談社、1996年
  • 小泉吉永 「居初津奈の女用文章」 『江戸期おんな考』第8号 知る史の会、1997年
  • 小泉吉永編 『江戸時代女性文庫・補遺「女筆手本類」』(第2巻) 大宝社、1999年 ※『絵入女教訓文章』、『女誡絵入女実語教』・『女誡絵入女童子教』所収

脚注

  1. ^ 読売新聞 栃木版 2025年7月5日 28面

関連項目




英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「居初津奈女」の関連用語

居初津奈女のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



居初津奈女のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの居初津奈女 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS