寺井久信とは? わかりやすく解説

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寺井久信

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/10/29 00:37 UTC 版)

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寺井久信(てらい ひさのぶ、1887年〈明治20年〉6月7日 - 1958年〈昭和33年〉10月31日)は、昭和期の実業家和歌山県出身。

概要

1913年(大正2年)、日本郵船に入り、ロンドン支店長、貨物課長などをへて、1938年(昭和13年)社長に就任。

戦後、公職追放となり[1]1951年追放解除[2]、同年日本郵船相談役。内外海事研究所所長となり、日本海運協会・日本海事振興会・日経連各理事などもつとめた。

脚注

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  1. ^ 総理庁官房監査課編 『公職追放に関する覚書該当者名簿』 日比谷政経会、1949年、664頁。NDLJP:1276156 
  2. ^ 『毎日新聞』1951年8月7日二面

参考資料

  • 伝記編纂委員会編『寺井久信』1965


先代:
大谷登
日本郵船社長
1942年 - 1946年
次代:
市原章則
先代:
田島正雄
船舶運営会総裁
1944年
次代:
小野猛



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