大錦中とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > 大錦中の意味・解説 

大錦中

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/02/13 02:10 UTC 版)

ナビゲーションに移動 検索に移動

大錦中(だいきんちゅう)は、664年から685年まで日本で用いられた冠位である。26階中8位で上が大錦上、下が大錦下である。

概要

天智天皇3年(664年)2月9日の冠位26階の制で、大花上大花下の2階を大錦上、大錦中、大錦下の3階に改めて設けられた[1]。かつて大化3年(647年)の制度に大錦という冠位があって、大化5年(649年)に大花上と大花下に分割された経緯があり、大錦中などはその名を復活継承したものである。

天武天皇14年(685年)1月21日に冠位の命名方法が一新したときに廃止された。

叙位された人物

『日本書紀』に見える大錦中の人物には、天智天皇元年(662年)の安曇比羅夫がいる。百済救援のため豊璋を本国に送った大将軍で、前年の斉明天皇7年には前将軍大花下として百済に進発した[2]。しかし大錦中は2年後に制定されたもので、この時点では相当するものもない。後に授けられた冠位をさかのぼらせて書いたかと思われる。

もう一人は、壬申の乱で活躍した大伴吹負である。天武天皇12年(683年)に死んだ吹負に対して、死後大錦中が贈位された。

脚注

  1. ^ 『日本書紀』天智天皇3年(664年)2月9日条。以下、特に記さない限り『日本書紀』の該当年月条による。
  2. ^ 『日本書紀』天智天皇即位前紀、斉明天皇7年(661年)8月条。

関連項目




英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「大錦中」の関連用語

大錦中のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



大錦中のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの大錦中 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS