城重雄とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > 城重雄の意味・解説 

城重雄

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/07/14 05:48 UTC 版)

城重雄
じょう しげお
生年月日 1869年12月3日
出生地 日本 宮崎県
没年月日 (1908-06-19) 1908年6月19日(38歳没)
出身校 東京専門学校英語政治科卒業
(現・早稲田大学
前職 宮崎県高鍋学校校長
所属政党 政友倶楽部→)
無所属
選挙区 宮崎県全県選挙区
当選回数 2回
在任期間 1903年3月1日 - 1908年3月27日
テンプレートを表示

城 重雄(じょう しげお、1869年12月3日明治2年11月1日[1]) - 1908年(明治41年)6月19日[2])は、日本の政治家衆議院議員(2期)。

経歴

日向国児湯郡、のちの宮崎県[2]児湯郡高鍋町で生まれた[3]同志社で学び、1893年(明治26年)東京専門学校(現・早稲田大学)英語政治科卒[3]。宮崎県高鍋学校(現・宮崎県立高鍋高等学校)校長、宮崎県会議員、同参事会員となる[2][3]

1902年第7回衆議院議員総選挙において宮崎県から立候補したが10票差で落選した[4]1903年第8回衆議院議員総選挙では政友倶楽部公認で立候補してトップで初当選した[5]1904年第9回衆議院議員総選挙で再選した[6]。衆議院議員を2期務め、1908年第10回衆議院議員総選挙には不出馬。総選挙後に死去した。

脚注

  1. ^ 衆議院『第二十回帝国議会衆議院議員名簿』〈衆議院公報附録〉、1904年、29頁。
  2. ^ a b c 『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』319頁。
  3. ^ a b c 『宮崎県政外史』632頁。
  4. ^ 『衆議院名鑑 第1回・1890年~第34回・1976年総選挙』39頁。
  5. ^ 『衆議院名鑑 第1回・1890年~第34回・1976年総選挙』43頁。
  6. ^ 『衆議院名鑑 第1回・1890年~第34回・1976年総選挙』47頁。

参考文献

  • 宮崎県政外史編纂委員会編『宮崎県政外史』宮崎県政外史刊行会、1967年。
  • 日本国政調査会編『衆議院名鑑 第1回・1890年~第34回・1976年総選挙』国政出版室、1977年。
  • 衆議院・参議院『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  
  •  城重雄のページへのリンク

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「城重雄」の関連用語

城重雄のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



城重雄のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの城重雄 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS