ラドムィシル城とは? わかりやすく解説

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ラドムィシル城

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/05/07 17:36 UTC 版)

ラドムィシル城博物館
ラドムィシル城博物館の外観
施設情報
館長 オルハ・ボホモレツィ
開館 2011年9月30日
所在地 ウクライナジトームィル州、ラドムィシル
プロジェクト:GLAM
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ラドムィシル城博物館の外観

ラドムィシル城博物館(ラドムィシルじょうはくぶつかん、Історико-культурний комплекс «Замок-музей Радомисль»、英語: Radomysl Castle)は、ウクライナジトームィル州、ラドムィシルにある私立の歴史文化複合施設。正式名称は「ラドムィシル城博物館歴史文化複合施設」で、医師で社会活動家のオルハ・ボホモレツィにより2007年に設立、2011年9月30日に開館した[1]。施設は、ヨーロッパ唯一のウクライナ家庭イコン博物館、ブティックホテル「Via Regia」、ランドスケープパーク、コンサートホールなどを含む。ウクライナのサクラルアートや伝統文化を展示し、欧州評議会の文化プロジェクトVia Regiaに参加している。

歴史

ラドムィシル城博物館は、1902年に建設された製粉所を基盤に、2007年から2011年にかけてオルハ・ボホモレツィにより再建された。製粉所は、ラドムィシル製紙所(1612-1615年、キエフ・ペチェルシク大修道院のイェリセイ・プレテネツィキーが設立)の基礎の上に建てられたことが、改修中に判明した[2]。建物は花崗岩の岩盤上にあり、防御機能を備えた構造が確認された。

2008-2009年に35mの塔が追加され、鐘が設置された。2011年9月30日に公式開館し、2012年には修復された製紙ライン(16-17世紀の技術)が公開された。2013年には塔内に「虹の聖母」イコン礼拝堂が開設された。

施設

ラドムィシル城博物館は、以下の構成要素からなる:

ウクライナ家庭イコン博物館

ウクライナ家庭イコン博物館の展示

施設の中心は、ヨーロッパ唯一のウクライナ家庭イコン博物館(「ウクライナの魂」)。オルハ・ボホモレツィが1995年から収集した5,000点以上のイコン(16-20世紀)を展示する[3]正教会ウクライナ・ギリシャ・カトリック教会カトリック教会のイコンや彫刻(ザカルパッチャからクリミアまで)を収蔵。特筆すべきは、12-16世紀のものとされる聖ニコライの石製イコンや、ソビエト時代の弾痕が残るイコン。展示は5つのホールで構成され、儀式ホールでは結婚式も行われる。

ラドムィシル製紙所

2012年に復元されたラドムィシル製紙所は、16-17世紀の技術で紙を生産するウクライナ唯一の施設。訪問者は手漉き紙を体験でき、キエフ・ペチェルシク大修道院の透かし入り紙を記念品として持ち帰れる。

コンサートホール

コンサートホールの室内

150席のコンサートホール(別名:カミンナヤ、ミハイリフスカ)は、大天使ミカエルの彫刻がある暖炉と6mの天井が特徴。クラシック音楽民族音楽ジャズの公演が行われ、岩盤から湧く水源が室内を流れる世界的にも珍しいホールである。

トラペズナ(食堂)

トラペズナは、中世後期とモダニズムの要素を融合した内装で、15-18世紀のヨーロッパ地図の複製を展示。大型の暖炉は調理と暖房を兼ねる。

ランドスケープパーク

ランドスケープパークの島

ランドスケープパークは、ミカ川沿いの自然環境を活かし、2つの滝、希少植物(レッドリスト水草トラパ・ロシカなど)、17-19世紀の彫刻を配置。ビーバーカワウソハクセキレイなどが生息し、飲料可能な地下水源もある。

イェリセイ・プレテネツィキー像

2009年に設置されたイェリセイ・プレテネツィキーの像は、ウクライナ初の同人物記念碑。オルハ・ボホモレツィの構想に基づき、ヴラディスラフ・ヴォロセンコが制作。川に浮かぶ僧侶が本と蝋燭を持つ姿は、知識と啓蒙を象徴する。

イベント

ラドムィシル城博物館は、以下のような文化イベントを主催: - ショパン音楽野外フェスティバル(ウクライナ初のフレデリック・ショパン音楽祭)。 - アリストクラティック・ウクライナ(民族ファッションフェスティバル)。 - Via Regiaウクライナ(国際文化外交フェスティバル)。

その他

- 2013年、地域党のヴィタリー・ジュラフスキーとヴォロディミル・リバクの支援で、城へのアクセス道路が整備された[4]。 - 2020年、ポケットカントリープロジェクトで城の3Dモデルが作成され、観光プロモーションに活用された[5]

ギャラリー

脚注

  1. ^ Історико-культурний комплекс «Замок-музей Радомисль»” (ウクライナ語). Radomysl Castle. 2025年5月8日閲覧。
  2. ^ Ольга Богомолець (2013) (ウクライナ語). Замок-музей Радомисль на Шляху Королів Via Regia. Kyiv 
  3. ^ Музей української домашньої ікони” (ウクライナ語). Radomysl Castle. 2025年5月8日閲覧。
  4. ^ Віталій Журавський проінспектував стан виконання робіт із будівництва дороги Радомишль — Замок Радомисль” (ウクライナ語). Party of Regions (2013年10月1日). 2014年6月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年5月8日閲覧。
  5. ^ Замок Радомисль хочуть розмістити на туристичних листівках доповненої реальності” (ウクライナ語). Zhytomyr Trend (2020年9月21日). 2020年10月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年5月8日閲覧。

参考文献

  • Ольга Богомолець (2013) (ウクライナ語). Замок-музей Радомисль на Шляху Королів Via Regia. Kyiv 
  • Л. А. Гладиш (2007) (ウクライナ語). Радомишль: ключі від міста. Нариси про історію міста. Zhytomyr: Polissya 
  • Яким Запаско, Орест Мацюк, Володимир Стасенко (2000) (ウクライナ語). Початки українського друкарства. Lviv 
  • Орест Мацюк (1994) (ウクライナ語). Історія українського паперу. Kyiv 
  • Л. Тимошенко (1997). “Радомисль в історії Української церкви” (ウクライナ語). Людина і світ (2): 6-11. 

外部リンク




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