ペロゼスとは? わかりやすく解説

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ペロゼス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/01/04 10:20 UTC 版)

ペロゼス
所属組織 サーサーン朝
部門 サーサーン朝軍英語版
最終階級 スパーフベド?
戦闘 イベリア戦争

ペロゼスPerozes, ギリシア語: Περόζης, 中期ペルシア語: Pērōz)は、イベリア戦争におけるダラの戦い530年)でベリサリウス率いる東ローマ帝国軍と対峙したサーサーン朝軍の軍司令官である。

東ローマ帝国の歴史家のプロコピオスによれば、彼は「ペルシア人であり、肩書はミラネス(つまりサーサーン朝がこの名称の官職に指名していることを意味する)で、名はペロゼスという」と説明している[1]。しかし、「ミラネス」(Μιρράνης)はおそらく官職名ではなく、サーサーン朝の七大貴族の一つであるミフラーン家のことを指している[2]。ダラの戦いに敗れた後、ペロゼスはサーサーン朝の王カワード1世によって面目を潰された。ペロゼスの人生については他に何も知られていない[2]。しかし、プロコピオスによれば、ペロゼスはアナスタシア戦争中にダラ英語版を包囲しようとした「ミラネス」と同一人物であった可能性がある[2][3]

出典

  1. ^ Procopius, History of the Wars: The Persian War, I.13
  2. ^ a b c Martindale, Jones & Morris (1992), p. 991
  3. ^ Procopius, The Buildings, II.2.19

参考文献




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