ヘンリク2世_(シフィドニツァ公)とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > ヘンリク2世_(シフィドニツァ公)の意味・解説 

ヘンリク2世 (シフィドニツァ公)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/03/30 10:26 UTC 版)

ナビゲーションに移動 検索に移動
ヘンリク2世
Henryk II Świdnicki
シフィドニツァ公
在位 1326年 - 1345年

出生 1316年
死去 1345年6月25日
配偶者 カタジナ・ヴェンギェルスカ
子女 アンナ
家名 シロンスク・ピャスト家
父親 シフィドニツァ公ベルナルト
母親 クネグンダ・ウォキェトクヴナ
テンプレートを表示

ヘンリク2世ポーランド語:Henryk II Świdnicki;チェコ語:Jindřich Svídnický;ドイツ語:Heinrich II von Schweidnitz,1316年頃 - 1345年6月25日)は、シフィドニツァ公(在位:1326年 - 1345年、兄と共同統治)。シフィドニツァ公ベルナルトの次男で、母はポーランド王ヴワディスワフ1世の娘クネグンダ

生年は不詳だが、このことは兄のボルコ2世とやや年が離れているためと思われる。ヘンリク2世が史料に登場するのは1337年になってからである。1326年に父が死んで以後、ヘンリク2世は兄の共同統治者だったが、結局は統治権を独占した兄に政治から締め出された。1338年アンジュー家出身のハンガリー王カーロイ1世の長女カタジナと結婚した。夫妻の間に生まれた1人娘アンナは、ヘンリク2世が亡くなった8年後の1353年神聖ローマ皇帝カール4世と結婚した。

先代:
ベルナルト
シフィドニツァ公
ボルコ2世と共同統治

1326年 - 1345年
次代:
ボルコ2世



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「ヘンリク2世_(シフィドニツァ公)」の関連用語

ヘンリク2世_(シフィドニツァ公)のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



ヘンリク2世_(シフィドニツァ公)のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのヘンリク2世 (シフィドニツァ公) (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS