フアン・カルロス・バレーラとは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > フアン・カルロス・バレーラの意味・解説 

フアン・カルロス・バレーラ

(フアン・カルロス・バレラ から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/03/11 04:50 UTC 版)

フアン・カルロス・バレーラ
Juan Carlos Varela

フアン・カルロス・バレーラ(2014年7月)

任期 2014年7月1日2019年7月1日
副大統領 イサベル・サン・マロ

任期 2009年7月1日2014年7月1日
前任者 サムエル・レウィス・ナバーロ
元首 リカルド・マルティネリ

出生 (1963-12-12) 1963年12月12日(59歳)
パナマパナマ市
政党 パナメニスタ党
配偶者 ロレーナ・カスティージョ

フアン・カルロス・バレーラ・ロドリゲススペイン語: Juan Carlos Varela Rodríguez1963年12月12日 - )は、パナマ政治家。大統領(2014年 - 2019年)やパナメニスタ党代表(2006年 - 2016年)を歴任した。

2016年4月に来日している。

経歴

エレーラ県出身の企業家であるルイス・ホセ・バレーラ・アルホナのもとにパナマ市で生まれる。コレヒオ・ハビエルを卒業後、アメリカ合衆国ジョージア工科大学に進学し、1985年に産業工学の学士号を取得した[1]

1985年から、バレーラは家族の経営するバレーラ・エルマノス社の理事を務めている。2008年までは同社の執行副社長を兼務していた。

政治の世界では1990年代のはじめに政治活動に参加し、1994年の総選挙でパナメニスタ党陣営の本部長を務めた後、2009年の大統領選で同党の大統領候補となった。その選挙戦でバレーラは、ライバルであるリカルド・マルティネリの勢力と合流し、その副大統領候補となった。その結果、2009年5月3日にパナマの副大統領に就任した。2009年7月から2011年8月まで外務大臣だった。2014年5月4日の大統領選挙では、大統領職を辞任するマルティネリ率いる「民主変革」の支持を取り付けた与党候補のホセ・ドミンゴ・アリアスを破って勝利した。得票率はバレーラが39%、アリアスが32%だった[2][3]。同年7月1日、大統領に就任した[4][5]

人物

ジャーナリストのロレーナ・カスティージョと結婚しており、3人の子供がいる。

脚注

外部リンク

党職
先代
マルコ・アメリオ
パナメニスタ党代表
2006年 - 2016
次代
ホセ・ルイス・バレーラ
公職
先代
リカルド・マルティネリ
パナマ共和国大統領
2014年 - 2019年
次代
ラウレンティノ・コルティソ
先代
サムエル・レウィス・ナバーロ
パナマ共和国外務大臣
2009年 - 2011年
次代
ロベルト・エンリケス
パナマ共和国副大統領
2009年 - 2014年
次代
イサベル・サン・マロ



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「フアン・カルロス・バレーラ」の関連用語

フアン・カルロス・バレーラのお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



フアン・カルロス・バレーラのページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのフアン・カルロス・バレーラ (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS