ピアノ協奏曲 (サマヴェル)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/09/07 13:34 UTC 版)
ピアノ協奏曲 イ短調 『ハイランド』は、アーサー・サマヴェルが作曲したピアノ協奏曲。本作はサマヴェルが作曲したピアノと管弦楽のための作品としては、1913年に書かれた『ノルマンディ変奏曲』に続く2作目の楽曲であった。
概要
本作はピアニストのジェシー・マンローのために作曲された[注 1]。マンローは1921年にギルフォードにおいて、作曲者自身の指揮、クロード・パウエル・オーケストラにより初演を行った。さらに1922年2月23日にはボーンマスで再演されている[2]。2度目の演奏以降に本作が演奏の機会を得ることはなく、サマヴェルは曲を出版しないことを決断したのだった[2]。これは後のヴァイオリン協奏曲に対する扱いと対照的である。
その後、2011年にマーティン・ロスコーのソロ、マーティン・ブラビンズの指揮、BBCスコティッシュ交響楽団によってハイペリオン・レコードへの録音が行われるまで、本作が演奏されることは一度もなかった。
曲に用いられている素材群はスコットランドの伝統音楽を強く感じさせるものであるが、主題は全て作曲者のオリジナルであるとされている[2]。
楽器編成
ピアノ独奏、フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、チューバ、ティンパニ、弦五部
楽曲構成
第1楽章
管弦楽による簡単な導入に続いてピアノによって主題が提示される(譜例1)。このスコッチ・スナップによる主題は楽章中の至る所で顔を出す[2]。
譜例1

その後も譜例1を様々に用いて進行し、譜例2で示されるハ長調の第2主題へと接続される。
譜例2

展開部ではピアノがアルペッジョを奏す傍らでオーボエが譜例1を奏し始めるが、フルート、クラリネットと木管楽器が主題を歌い継いでいく間に譜例2も加わってくる。ピアノが譜例2を奏し、譜例1の再現になるかと思われるが調性はロ短調であり展開が続けられる。展開部の終わりにはトランクィロとなってホ長調の新しい素材が挿入される。譜例1の再現は管弦楽が主体となり、短くまとめられてイ長調での譜例2の再現を導く。コーダには譜例2が形を変化させて用いられ、譜例1も織り交ぜつつ陽気に盛り上がって締め括られる。
第2楽章
サマヴェルはこの楽章について「ハイランド」というより「スコットランド」風であるとプログラムに記載していた[2]。管弦楽の静かな導入にはじまり、やがてコーラングレが旋律を奏する(譜例3)。
譜例3

ピアノが引き継いだところにヴァイオリンの独奏が寄り添う。続いてピアノが新しい主題を提示する(譜例4)。
譜例4
![\relative c'' {
\new PianoStaff <<
\new Staff \with { \remove "Time_signature_engraver" \magnifyStaff #6/7 } {
\key g \major \time 3/4 \set Score.tempoHideNote = ##t \tempo "" 4=60
<<
{
<a g d a>4( <fis d a fis> <a fis d a> <b a d, b> <d b g d> <b g>
<a fis d a> <fis d a fis> <a e a,> \clef bass <d, d,>2) <e cis g e>4
}
\\
{ s2. s2 <d b>8 <e cis> s2. a,4 g s }
>>
<fis' d a fis>4. <e cis g>8 <d a> <e cis g> <fis d a fis>4 \clef treble <a d, a> <b fis d b>
\clef bass << { <e, a, e>2 } \\ { d4 cis } >> <fis d a>8 <d b>
<< { < e a, e>2 } \\ { d4 cis } >> \clef treble <a' d, a>
}
\new Dynamics {
s4-\mf
}
\new Staff \with { \remove "Time_signature_engraver" \magnifyStaff #6/7 } {
\key g \major \time 3/4 \clef bass
d,,,,8( a' d a' d fis) g,,( d' g d' g4)
<< { d,,8 a' d a'~ a[ e'] } \\ { s2 c,4 } >>
\ottava #-1 b,8( \ottava #0 b' g' d') <e, a,>[ ( a) ]
<< { d,,( <a'' d,> d e fis e) } \\ { s8 \once \hideNotes <a, d,>~ q2 } >>
d8( a fis fis, gis[ gis'] )
<< { \ottava #-1 a,,( \ottava #0 a' a' e' d[ fis] ) } \\ { s4 a,2 } >>
\ottava #-1 a,,8( \ottava #0 a' a' a) <fis fis,>( [ fis'] )
}
>>
}](https://cdn.weblio.jp/e7/redirect?dictCode=WKPJA&url=https%3A%2F%2Fupload.wikimedia.org%2Fscore%2F9%2Fd%2F9daekg4y9gdrawx48qi1ebs74mh06jy%2F9daekg4y.png)
弦楽器が譜例4を再度歌い、拍子は4/4拍子に転じる。そのまま弦楽器による譜例3の再現が始まり、3/4拍子に回帰してト長調で譜例4の再現が行われる。譜例4の再現ははじめピアノとフルート、その後ピアノとオーボエの二重奏が担う。最後にコーラングレのソロが入って静まっていき、アタッカで終楽章へと続く。
第3楽章
- Allegro 2/2拍子 イ長調
ロンド形式[2]。ピアノの独奏による主題提示で幕を開ける[2](譜例5)。主題を管弦楽が繰り返す。
譜例5
![\relative c'' {
\new PianoStaff <<
\new Staff { \key a \major \time 2/2
\set Score.tempoHideNote = ##t \tempo "Allegro" 4=192
<< { e8( [ a] ) } \\ { a,4 } >> r4 <a' e a,>4. <b b,>8
<cis cis,>( <b b,> <a a,> <fis fis,>) <fis fis,>4( <e e,>)
<< { fis8( b) b,4\rest <b' b,>4.( <cis cis,>8) } \\ { b,4 s fis'2 } >> <b fis b,>2. r4
<< { e,8( [ a] ) } \\ { a,4 } >> r4 <a' e a,>4. <b b,>8
<cis cis,>( <b b,> <a a,> <fis fis,>) <fis fis,>4( <e e,>)
<< { fis8( b) b,4\rest <b' b,>4.( <cis cis,>8) } \\ { b,4 s fis'2 } >> <b fis b,>2. r4
}
\new Dynamics {
s4\ff
}
\new Staff { \key a \major \time 2/2 \clef bass
<e,, cis a e>2 <a,, e a,>-> <e'' cis a e> <a,, e a,>->
<fis'' d a fis> <a,, e a,>-> <e'' d b gis> <a,, e a,>->
<e'' cis a e>2 <a,, e a,>-> <e'' cis a e> <a,, e a,>->
<fis'' d a fis> <a,, e a,>-> <e'' d b gis> <a,, e a,>->
}
>>
}](https://cdn.weblio.jp/e7/redirect?dictCode=WKPJA&url=https%3A%2F%2Fupload.wikimedia.org%2Fscore%2Fs%2Ft%2Fstupsgd98g7phwgq341ksouhb0y6kpg%2Fstupsgd9.png)
推移を経て次なる主題がピアノから出される(譜例6)。オーケストラと交代しつつ歌われていく。
譜例6

弦楽器により譜例5が再現されると拍子は6/4拍子に変更される。そこへロマン豊かな長尺のエピソードが、かすかな弦楽器の支えを得て奏される[2]。
譜例7

音楽が勢いを取り戻すとイ長調で譜例6が再現され、譜例5の再現へと進んでいく。コーダは規模の大きなものではないが[2]、陽気に盛り上がって華やかに終結する。
評価
本作の蘇演後の評価は様々ながらも多くの評論家が好意的だった。2012年に『ザ・ストレーツ・タイムズ』に寄稿したChang Tou Liangは、この作品がブルッフの『スコットランド幻想曲』に匹敵するような「楽しめる」ものであると考え、曲中の「オリジナルでありながら非常に民謡的な主題群」は鑑賞後にも記憶に残ると記した[3]。2012年に電子雑誌である『オーディオファイル・オーディション』に講評を寄せたリー・パッサレッラも同意見であり、いずれの評論家も本作が演奏会のプログラムの中でグリーグのピアノ協奏曲 イ短調に代えて演奏可能ではないかと提言している[4]。
ジョン・フランスはMusicweb Internationalにおいて、Liangとパッサレッラ同様に民謡風の主題の仕様に言及した上で本作は「ほんのちょっと『お決まり』が多い」とした。とはいえ、彼は本作をまた聴くだろうと述べている[5] 。
2011年の『グラモフォン』誌上でのジェレミー・ニコラスの論評はLiang、パッサレッラ、フランスの意見を踏襲しており、作品は復権の価値を十分に有していると論じた[6]。
しかし、『ガーディアン』紙における2011年のアンドリュー・クレメンツの評価は曲が記憶に残らないというものだった[7]。
脚注
注釈
出典
- ^ “Somervell: Highland Concerto”. IMSLP. 2025年8月15日閲覧。
- ^ a b c d e f g h i (Foreman 2011, p. 3)
- ^ (Liang 2012)
- ^ (Passarella 2012)
- ^ (France 2011)
- ^ (Nicholas 2011)
- ^ (Clements 2011)
参考文献
- Clements, Andrew (2011年8月). “Cowen: Concertstück; Somervell: Normandy; Highland Concerto – review”. The Guardian. 2015年5月9日閲覧。
- Foreman, Lewis (2011). Somervell & Cowen: Piano Concertos (PDF) (CD). Hyperion Records. CDA67837.
- France, John (2011年10月). “Somervell & Cowen Piano Concertos”. Musicweb International. 2015年5月9日閲覧。
- Liang, Chang Tou (2012年3月). “CD Reviews (The Straits Times, March 2012)”. Pianomania Blog (Originally published in the Straits Times.). 2015年5月9日閲覧。
- Nicholas, Jeremy (2011年). “Review: Somervell Piano Concerto;Cowen Concertstück”. Gramaphone. 2015年5月9日閲覧。
- Passarella, Lee (2012年3月). “Review: The Romantic Piano Concerto – Vol. 54 - COWEN: Concertstück; SOMERVELL: Normandy; Piano Con. in A Minor, "Highland"”. Audiophile Audition Magazine. 2015年4月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年8月15日閲覧。
外部リンク
- ピアノ協奏曲の楽譜 - 国際楽譜ライブラリープロジェクト
- ピアノ協奏曲_(サマヴェル)のページへのリンク