ピアノソナタ第2番 (バラキレフ)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/11/02 13:34 UTC 版)
ピアノソナタ第2番 変ロ短調 作品102 は、ミリイ・バラキレフが着想から50年近くを経た1905年に完成させたピアノソナタ。
概要
バラキレフの名前は音楽史上「ロシア5人組」と不可分に結びつけられている[1]。彼は5人の中で唯一正規の音楽教育を受けており、また唯一プロ相当のピアノの腕前を有していた[1]。自然と彼は「ロシア5人組」の指導的立場となり、その影響力はチャイコフスキーなどの「ロシア5人組」外部へも及んでいた[1]。その「ロシア5人組」は、少なくとも国民楽派の最盛期においては、ピアノソナタを交響曲や弦楽四重奏曲などと同様にドイツに毒されたジャンルであると看做していた[1]。バラキレフの本作への取り組みにおいても、脱ドイツ化を目指した痕跡が残されている[1]。
本作の着想はバラキレフがまだ学生だった時代に遡る[1]。はじめは1855年3月20日から8月4日にかけて書いた「グランド・ソナタ」と銘打った変ロ短調のソナタで、5つの楽章から構成されていたが終楽章は未完成だった[2]。この作品は彼が敬愛していたグリンカに捧げられた[2]。次なる作品は1856年3月23日から26日にかけてやはり変ロ短調で書かれた3楽章制のピアノソナタ第1番 作品5である[2]。キュイに献呈されたこの楽曲は、第2楽章マズルカを前作から引き継いでいる[2]。その後、半世紀近い年月を経た1900年になって彼は再びピアノソナタの仕事に戻ってくる[2]。この年には先述のマズルカが書き直されてマズルカ第5番という独立した作品になるが、これも結局ピアノソナタ第2番に組み込まれることになった[1][2]。そうしてようやく1905年に完成されたのが本作であり、4楽章制に落ち着いて弟子のリャプノフへと献呈されたのであった[2]。
1951年にルイス・ケントナーがコロンビアに行った録音が本作の初録音である[1]。
楽曲構成
第1楽章
フーガとソナタ形式が融合されている[2]。これはピアノソナタを脱ドイツ化すべく、バラキレフが第1楽章から劇的要素を排した結果である[1]。序奏はなく、第1主題の提示に開始する(譜例1)。主題には民謡風のモチーフも見え隠れする[1]。
譜例1
型どおりの2声部の応唱が入ったところでフーガは終わりを迎え[1]、ラプソディックな譜例2の第2主題の提示に移る。第2主題は次第に音価が小さくなっていく旋律による。
譜例2
結尾を置いて一度区切られてから展開へ移る。展開部は嬰ヘ短調となって譜例1からフーガ調に開始するが、まもなく自由に展開される。展開部の終わりにカデンツァが挿入され、譜例1の再現へと移っていく。第2主題は変ト長調となって再現され、この辺りの譜表は3段で記譜されている。最後に譜例1によるコーダを経て静かに閉じられる。モザイク画やイコノスタシスを連想させるという評がある一方[2]、フーガとラプソディ、つまり第1主題と第2主題は混じり合うことがないという見解もある[1]。
第2楽章
全曲の完成より約半世紀前の着想に基づくマズルカ[1][2]。1855年時点で通常スケルツォが置かれる箇所にマズルカを選択したことには、18歳にして既にロシア的な作品を描こうとする作曲者の意欲が見て取れる[2]。ト短調で開始するものの8小節の導入の中でニ長調に移り譜例3の主題が奏される。
譜例3
中間部には変ロ長調の旋律が用いられる(譜例4)。この主題が様々な方法で変奏されながら繰り返されていく。ここでの装飾はショパンのどのマズルカよりも豊かだという声もある[1]。
譜例4
楽章冒頭と同様のト短調からニ長調への推移があり、譜例3が回帰する。譜例3も様々に趣向を凝らしながら繰り返され、静かな楽章の終わりへと向かっていく。
第3楽章
- Intermezzo: Larghetto 12/16拍子 ニ長調
ロシアの印象派風の趣を呈しており、本作の中で唯一20世紀の感覚を宿している[1]。譜例5により開始する。この主題は断片のまま扱われていき、旋律へと育つことはない[1]。
譜例5
次第に音量を増した先で譜例6のエピソードが入ってくる。
譜例6
再び落ち着いて譜例5が再現され、音の力を増して譜例6に辿り着くという流れが繰り返される。音量を落としてアタッカで終楽章に接続される。
第4楽章
- Finale: Allegro non troppo, ma con fuoco 2/4拍子 変ロ短調
ウクライナのホパークを想起させる力強い楽章で[2]、シューマン風のテクスチュアに始まりリスト風の精巧さにより難技巧を披露していく[1]。主題の提示により開始する(譜例7)。
譜例7
譜例7を技巧的に装飾しながら再度奏した後、新しい主題が導入される(譜例8)。この主題も旋律を右手、左手に受け渡しながら華麗な装飾を交えて奏されていく。
譜例8
一度落ち着きを取り戻したところで譜例5が挿入される[1][2]。やがて譜例7による喧騒が戻り、譜例8が続いて一層華やかに盛り上がる。楽章は最後に力を失い、落ち着いた最後を迎える。ピアニストのニコラス・ウォーカーは、本作がリストのソナタにも比肩し得るような真にロシア的な独創的作品であるにもかかわらず演奏機会を得られないままとなっているのは、奏者に課される技術的要請とこの静かな終結部が原因であろうと推測している[2]。
出典
参考文献
- Fanning, David (2011). Balakirev: Piano Sonata & other works (CD). Hyperion Records. CDA67806.
- Walker, Nicholas (2013). BALAKIREV, M.A.: Piano Works (Complete), Vol. 1 (CD). Grand Piano. GP636.
- 楽譜 Balakirev: Piano Sonata No.2, J. H. Zimmermann, Leipzig
外部リンク
- ピアノソナタ第2番の楽譜 - 国際楽譜ライブラリープロジェクト
- ピアノソナタ第2番 - ピティナ・ピアノ曲事典
- ピアノソナタ第2番_(バラキレフ)のページへのリンク