ヒトコブラクダのQ熱事件
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/09/25 22:41 UTC 版)
ヒトコブラクダのQ熱事件(ひとこぶらくだのキューねつじけん)は、1951年(昭和26年)にパキスタンから輸入されたヒトコブラクダがQ熱に感染していたことから、日本国内で社会的関心を呼び、抗生物質オーレオマイシンによる世界初のラクダへの治療が行われた出来事である [1]。
概要
1951年(昭和26年)12月15日、パキスタンから輸入された5頭のヒトコブラクダが横浜検疫所に到着した。ところが同月23日、そのうち2頭がQ熱に感染していることが判明した。Q熱はノネズミのダニが媒介するリケッチア病原体による人畜共通伝染病で、高熱などの症状が現れ、オウム病に類似していた[2]。人間での死亡率は低いものの、家畜、特に乳牛にとっては深刻な被害を及ぼす病気とされた [1]。
厚生省と農林省は全国規模の調査を実施し、ウシ1,000頭の抜き取り血液検査を行った結果、三重県・岡山県・長野県でそれぞれ1頭ずつの保菌畜牛が発見された。
治療と対応
感染が確認されたヒトコブラクダに対しては、当時アメリカに本社を置くニューヨーク・レダリー・ラボラトリーズの東京支社から、開発されたばかりの抗生物質オーレオマイシン420本が上野動物園に寄贈された。オーレオマイシンは100mgあたり1本1,000円と高価であり、総額42万円にのぼる薬剤提供は大きな話題となった。
治療は1952年(昭和27年)1月16日から始まり、体重約300kgのラクダに対し、1回約180ccを12時間おきに3日間注射するという大規模な投与が行われた。1週間後に血清反応試験が実施された結果、オーレオマイシンが有効に作用し、Q熱の反応は陰性化した。この出来事は「ラクダにオーレオマイシンを使用したのは世界初」として当時の新聞に報じられた。
1952年(昭和27年)2月9日、検疫は解除され、問題となった2頭を含むヒトコブラクダは各地に分配された。感染したオスとメスの2頭は上野動物園に送られ、メスはすぐに公開されたが、オスは到着後も約1か月間は寝室に隔離され、治療が続けられた。残りの3頭は名古屋市の東山動物園、大阪市の天王寺動物園、香川県高松市の栗林公園動物園へそれぞれ引き取られている [1]。
参考文献
- 『上野動物園百年史 本編』(1982年、東京都恩賜上野動物園編、304p)
脚注
- ^ a b c 1982 & 東京都恩賜上野動物園編, p. 304.
- ^ “わが国におけるQ熱の現状”. 国立健康危機管理研究機構. 2025年9月26日閲覧。
外部リンク
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