トルイの死
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/30 06:01 UTC 版)
一連の戦争で一番の功績を立てたのは、右翼軍を率いたトルイだった。ところがトルイは、三峰山の戦いの後で死去した。 この間のことを『元朝秘史』などの史書ではいずれも、オゴデイの身代わりとなって死んだと記述しているため、あまりに声望を高めたトルイを邪魔に思ったオゴデイ新政権が謀殺したという説もある。実際、この後モンゴル帝国ではオゴデイ・チャガタイの両家がモンゴル帝国の中心になり政治を行ったため、トルイの死が両者の権力掌握にとって好都合だったことは確かなようである。
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