ストーン・ジョンソンとは? わかりやすく解説

ストーン・ジョンソン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/27 23:33 UTC 版)

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ストーン・ジョンソン
先頭を走るストーン・ジョンソン(1960年)
選手情報
フルネーム ストーンウォール・エドワード・ジョンソン
国籍 アメリカ合衆国
種目 短距離走
所属 グランブリング州立大学英語版
生年月日 (1940-04-26) 1940年4月26日
生誕地 アメリカ合衆国テキサス州ダラス
没年月日 (1963-09-08) 1963年9月8日(23歳没)
死没地 アメリカ合衆国カンザス州ウィチタ
身長 188cm
体重 79kg
自己ベスト 100m:10秒2(1960年)
200m:20秒5(1960年)
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ストーン・ジョンソンStonewall Edward Johnson1940年4月26日 - 1963年9月8日)は、アメリカ合衆国の元陸上競技選手アメリカンフットボール選手である。

経歴

ルイジアナ州のグランブリング州立大学に在学中だった1960年に、ローマオリンピックのアメリカ国内最終予選に出場して、200メートル走の準決勝で当時の世界記録に並ぶ20秒5の記録を出した。決勝ではレイ・ノートンに続いて2位となり、オリンピック代表に選出された。

ローマオリンピックでは200メートル走と4×100mリレーに出場した。200メートル走では決勝まで進んで5位となった[1]。4×100mリレーでは、第3走者を任されて決勝まで勝ち進んだ。アメリカ代表チームは決勝で39秒60(電気計時)の記録を出して1位となったものの、第1走者と第2走者がリレーゾーン外でバトンパスを行ってしまったために失格となった[2]

その他の大会では、1960年に開催されたNCAA競技会の200メートル走で2位に入った実績がある。

1963年カンザスシティ・チーフス[3]ランニングバックとして入団した。しかし、同年8月30日に開催されたオークランド・レイダースとのプレシーズンマッチ中に頚椎を骨折し、9月8日に死去した。ジョンソンはAFLの公式戦に出場することはできなかったが、彼の背番号33番はカンザスシティ・チーフスの永久欠番となった[4]

脚注

  1. ^ Athletics at the 1960 Roma Summer Games:Men's 200 metres[リンク切れ]Archived 2020年4月17日, at the Wayback Machine. 2010年11月27日閲覧(英語)
  2. ^ Athletics at the 1960 Roma Summer Games:Men's 4 × 100 metres Relay[リンク切れ]Archived 2020年4月17日, at the Wayback Machine. 2010年11月27日閲覧(英語)
  3. ^ カンザスシティ・チーフスは、1960年のチーム発足から1969年NFLとのリーグ統合までAFLに加盟していた。
  4. ^ Kansas City Chiefs Hall of Fame(インターネットアーカイヴ) 2010年11月27日閲覧(英語)

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