シャルル=オルラン・ド・フランスとは? わかりやすく解説

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シャルル=オルラン・ド・フランス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/28 02:20 UTC 版)

シャルル=オルラン・ド・フランス
Charles-Orland de France
フランスドーファン
在位 1492年 - 1495年

出生 (1492-10-11) 1492年10月11日
フランス王国、プレシ=レ=トゥール
死去 (1495-12-16) 1495年12月16日(3歳没)
フランス王国アンボワーズ城
埋葬 フランス王国トゥール、サン・ガティアン・ド・トゥール大聖堂
家名 ヴァロワ家
父親 フランスシャルル8世
母親 ブルターニュ女公アンヌ・ド・ブルターニュ
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サン・ガティアン・ド・トゥール大聖堂にある、シャルル=オルラン王子の墓

シャルル=オルラン・ド・フランスCharles-Orland de France1492年10月11日 - 1495年12月16日)は、フランスドーファン

生涯

フランスシャルル8世ブルターニュ女公アンヌ・ド・ブルターニュの長男として誕生した[1][2]。誕生してから2日後の10月13日に洗礼を受け、代母にはシチリア王妃ジャンヌ・ド・ラヴァル(ルネ・ダンジュー妃)が、後見人はオルレアン公ルイ(のちのルイ12世)と、父方の義理の伯父であるボージュー領主ピエールがなった。後見人の2人は、『オルラン』(イタリア語ではOrlando)と名づけたい両親と代母の意向に反対していた。王家では伝統的にシャルル、ルイ、フィリップという名が好まれてきたからである。最終的には妥協に達し、幼い王子はシャルル=オルラン(ラテン語でOrlandus Carolus)と名づけられた。

国王夫妻のただ一人の王位継承予定者を守るためのあらゆる措置がとられたにもかかわらず、王子ははしかにかかりアンボワーズ城で亡くなった。国王夫妻にはその後も男児が生まれたが、乳児期に早世した[1]ため、オルレアン公ルイが王位継承予定者であることが明らかになった。

先代
シャルル8世
フランスのドーファン
1492年 - 1495年
次代
シャルル(シャルル8世の次男)

脚注

  1. ^ a b 『ルーヴル美術館 収蔵絵画のすべて』、2011年、477頁。
  2. ^ 『NHKルーブル美術館III 中世からルネサンスへ』、1985年、62頁。

参考文献




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