キリストの哀悼 (ペルジーノ)とは? わかりやすく解説

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キリストの哀悼 (ペルジーノ)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/02/27 17:55 UTC 版)

『キリストの哀悼』
イタリア語: Pietà
作者 ピエトロ・ペルジーノ
製作年 1483-1493年
種類 カンヴァス油彩
寸法 168 cm × 176 cm (66 in × 69 in)
所蔵 ウフィツィ美術館フィレンツェ

キリストの哀悼』(キリストのあいとう)、または『ピエタ』(伊: Pietà)は、イタリアルネサンス期の画家ピエトロ・ペルジーノが1483年から1493年ごろに制作した油彩画。フィレンツェウフィツィ美術館に所蔵されている。

ピエタの場面は、1480年代と1490年代のペルジーノの芸術の典型的な主題となっており、柱廊の下に描かれた (洗礼者ヨハネ聖セバスティアヌの間の聖母子を描いている『アルバーニ・トルローニアの多翼祭壇画』など)。葉の少ない木々のある穏やかな風景は、この時期の画家の絵画に共通している。

ドイツの祈念像 (Vesperbild) のように、キリストの身体は水平で非常に硬く、左側の洗礼者ヨハネと右側のマグダラのマリアも同様である。側面にはさらに他の聖人がいる。左側には胸の中で手を合わせた若い聖人 (ニコデモ)、右側には年老いた聖人 (アリマタヤのヨセフ) が俯いている。

『アルバーニ・トルローニアの多翼祭壇画』(1491年) 個人蔵

歴史

作品は、サン・ジュスト・アッレ・ムーラ教会付属修道院のために『ゲッセマネの祈り』および『磔刑』とともに描かれた。ルネサンス美術の伝記作家ジョルジョ・ヴァザーリは、1529年のフィレンツェ包囲戦で修道院が破壊された後、サン・ジョヴァンニ・バッティスタ・アッラ・カルツァ教会の側祭壇でその三作を見た。 本作は、20世紀にウフィツィ美術館に移された。

作品の制作年は議論されており、ペルジーノがローマからフィレンツェに戻った1482年から少し後の年度までさまざまに考察されている。この時期に画家は、実験的にのみ油彩を使用している。いずれにしても、画家が油彩のみを使用し始めた15世紀末よりは前であろう。

絵画は1998年に修復された。

出典

  • Garibaldi, Vittoria (2004). “Perugino” (Italian). Pittori del Rinascimento. Florence: Scala 



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