雲仙岳災害記念館
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概要
1990年(平成2年)11月に発生し1996年(平成8年)6月に終息した雲仙岳噴火災害の被害および教訓を後世に伝えるため、災害後の「島原地域再生行動計画」の中で構想が策定された。この構想をもとに施設管理者となる長崎県により建設され、2002年(平成14年)7月1日にオープンした[1]。愛称は「がまだすドーム」。「がまだす」とは島原地方の方言で「がんばる」という意味である。雲仙普賢岳災害の対応にあたった当時の島原市長、鐘ヶ江管一が同館の名誉館長を務めている。
開館当初は年間約38万人の入館者があったが、2014年度(平成26年度)以降は入館者が10万人を下回る状況となった[1]。
そのため、運営する公益財団法人雲仙岳災害記念財団と関係団体との検討でリニューアルに取り組むこととなり、2018年(平成30年)4月1日にリニューアルオープンした[1]。2018年のリニューアルでは平成噴火ジオラママッピングや雲仙岳スカイウォークの展示などが新たに取り入れられた[1]。このリニューアルで入館者数は20万人台に持ち直したが、新型コロナウイルス禍の影響を受けて2022年度は約8万7千人となった[2]。
2024年度(令和6年度)からシダックスの子会社であるシダックス大新東ヒューマンサービスが新たに指定管理者となることが決定した[2]。シダックス大新東ヒューマンサービスでは2025年1月から大規模リニューアルに着手する予定で、プロジェクションマッピングルーム(PMルーム)などを新設する予定である[3]。
- ^ a b c d 杉本伸一. “雲仙岳災害記念館(がまだすドーム)のリニューアルについて”. 消防防災の科学. 一般財団法人消防防災科学センター. 2024年3月30日閲覧。
- ^ a b “長崎・雲仙岳災害記念館の指定管理者 シダックス子会社が内定 来年度から5年間”. 長崎新聞 (2023年11月2日). 2024年3月30日閲覧。
- ^ “長崎・雲仙岳災害記念館 来春大規模リニューアル 火山内部をCGアニメで探索も”. 長崎新聞 (2024年3月30日). 2024年3月30日閲覧。
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