日本の黒い霧
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制約と限界
発表当時、読者からの共感と大きな支持を得たこの作品には、長い時間の経過とともに新たな見方や当時明らかになっていなかった事実が現れている[28][7][34][10]。その例としては、『革命を売る男・伊藤律』が挙げられる[28][34][38]。
発表当時、伊藤は生死不明の状態であったが、1980年9月に中国から29年ぶりに帰国を果たした[28][38]。彼から当時の状況について弁明がなされ、新たに判明した資料や事実に基づく複数の研究によっても「伊藤律=スパイ」説が否定されている[28][38][39]。このため、文春文庫版では上巻の巻末に「作品について」(2013年)という文が掲載され「伊藤律のスパイ説は認めがたいものになった」という大意が記されている[38][39]。
さらに、全ての事件が朝鮮戦争へと収斂していく作品の構造に疑問を投げかける意見がある[13][7]。当時の知識人を含めて多数の人々が、朝鮮戦争をアメリカと韓国の謀略と考えていた[7][39]。しかしソビエト連邦の崩壊によって明るみに出た情報により、先制攻撃を行ったのは北朝鮮の方だったことが判明した[39]。
阿刀田高は自著『松本清張を推理する』(2009年)で『日本の黒い霧』に言及し、「しかし本筋をさぐることに賭けたこと、これはこのノンフィクションを評価する第一義なのだ、それがこの大作に関する私の感想のすべてである。そして、それが文筆家の大切な資質であることも力説したい」と評価している[15]。
注釈
- ^ GSとG2の主導権争いについて、半藤一利は『日本の黒い霧 』新装版下巻の解説で山田有策(東京学芸大学)の解説を引用して、「対共産化戦略を押し出すG2と日本の民主化を徹底して実行しようとするGS」の激しい対立と内部闘争について言及している[9]。
- ^ 保阪によれば、GSはコートニー・ホイットニーやチャールズ・L・ケーディスといったニューディーラーが中心になって日本の民主化を目指し、対するG2はダグラス・マッカーサーに近い立場のチャールズ・ウィロビー(彼は反共主義者でもあった)が主導し、アメリカが主導する戦後体制に日本を軍事的に組み込むことを目指していた[26][27]。
出典
- ^ a b c d e 『こころの時代インタビュー集2』、p.91.
- ^ a b c 『松本清張 時代の闇を見つめた作家』、p.183.
- ^ 『別冊宝島1638号 松本清張の世界』、pp.2-5.
- ^ 『松本清張と昭和史』、pp.142-143.
- ^ a b c d e f 『松本清張事典』pp.229-230.
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa 『清張とその時代』pp.307-324.
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v 『別冊太陽』Nо.141.pp.118-123.
- ^ a b c d 『戦後文学を読む』、pp.96-101.
- ^ a b c d 『日本の黒い霧 新装版 下』、pp.394-399.
- ^ a b c d e f g 『松本清張と昭和史』、pp.146-150.
- ^ 『戦後文学を読む』、pp.94-96.
- ^ “戦後探訪 占領期の「超権力」に迫る 1960年1月1日 松本清張の「日本の黒い霧」結果から昭和史を発掘”. 京都新聞 朝刊: p. 9. (2015年4月15日)
- ^ a b c d e f 『戦後文学を読む』、pp.101-105.
- ^ a b c d e f 『松本清張書誌【作品目録篇】』、pp.62-64.
- ^ a b c d 『松本清張を推理する』、pp.147-148.
- ^ a b c d 『松本清張を読む』、pp.65-78.
- ^ a b “本と旅する 西綾瀬 東京都(2の2)真相迫った作家の執念”. 北海道新聞 全道朝刊: p. 2. (2016年10月16日)
- ^ 『松本清張事典』p.205.
- ^ 『松本清張事典』p.284.
- ^ 島倉朝雄 (1998年9月18日). “ワイドかるちゃー 松本清張記念館 北九州にオープン 心を揺さぶる“巨人”の世界 書斎や書庫そっくり移転 立体的構成で圧倒”. 北海道新聞 全道夕刊: p. 11
- ^ 「松本清張氏 告訴される」『読売新聞』1968年4月3日
- ^ 『昭和史の謎を解く名著60冊』千葉仁志、清流出版、2006年、p73
- ^ 『日本の黒い霧 新装版 上』、pp.91-99.
- ^ 『日本の黒い霧 新装版 上』、p.68.
- ^ 『日本の黒い霧 新装版 上』、pp.24-35.
- ^ a b 『松本清張と昭和史』、pp.143-146.
- ^ a b c d e f g 『清張さんと司馬さん』、pp.190-199.
- ^ a b c d e f g h 『『松本清張 時代の闇を見つめた作家』、pp.197-200.
- ^ 『「黒い霧」は晴れたか』、pp.10-13.
- ^ a b 『松本清張と昭和史』、pp.150-158.
- ^ a b c d e f 『日本の黒い霧 新装版 下』、pp.399-404.
- ^ a b c d 『松本清張と昭和史』、pp.152-154.
- ^ a b 『清張 闘う作家 「文学」を超えて』、pp.97-98.
- ^ a b c d e f g h i j k 『『松本清張 時代の闇を見つめた作家』、pp.201-210.
- ^ a b c d 『松本清張の陰謀 「日本の黒い霧」に仕組まれたもの』、pp.278-280.
- ^ a b c d e f g 『松本清張と昭和史』、pp.155-158.
- ^ 渡部富哉『白鳥事件 偽りの冤罪』同時代社、2012年、191-229頁。
- ^ a b c d “清張さん「黒い霧」に注釈 スパイ説に遺族抗議”. 日本経済新聞 (2013年4月27日). 2019年4月30日閲覧。
- ^ a b c d 『松本清張「隠蔽と暴露」の作家』、pp.176-178.
- ^ a b c d e f g h i j k 『松本清張研究』第十五号、pp.217-219.
- ^ 朝日新聞社週刊百科編集部 2002, p. 264.
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