慢性炎症性脱髄性多発神経炎 慢性炎症性脱髄性多発神経炎の概要

慢性炎症性脱髄性多発神経炎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/28 13:08 UTC 版)

概要

慢性炎症性脱髄性多発神経炎は2ヶ月以上かけて緩徐に進行する四肢筋力低下と感覚障害を主徴とする原因不明の後天性脱髄性末梢神経障害である。歴史的にはDyckらがメイヨークリニックの症例で緩徐進行、再発性などの臨床経過、左右対称で近位と遠位が同程度の障害など典型的CIDPと言われる臨床像を確立した。後にCIDPの中に多発単神経障害型の著しい左右非対称を呈する亜型が存在することが明らかになった。これらをLewis-Sumner症候群またはMADSAMという。その他いくつかの非典型CIDPと言われる臨床像も知られている。日本においては典型的CIDPの有病率は人口10万人で0.81~2.24であり、発症率は人口10万人あたりで年間0.48である。CIDPは男性に多く、年齢依存性に増加する。日本での男女比は1.6~3.3:1である。CIDPの臨床症状は発症年齢で異なっている。若年発症群は病初期に亜急性の進行を示し、その後再発・寛解の臨床経過を示す例が多い。高齢発症群の大多数は慢性、潜在性の進行を示す。運動神経優位型は若年発症群で多く、感覚運動神経型は高齢発症群で多い傾向が報告されている。当初は特定疾患に指定されていなかったが、2009年9月17日に行われた特定疾患懇親会で特定疾患に追加されることが決定した。

病型分類

CIDPは臨床像、経過、発症年齢などから分類される。最も重要なのは臨床像による臨床病型である。古典的CIDP、または典型的CIDPとされる臨床像がある。これは対称性の運動感覚障害多発ニューロパチー、近位筋と遠位筋が同様に障害される、四肢腱反射消失が特徴とされている。特に特徴的なのは近位筋と遠位筋に同定の筋力低下が起こることでありこのような分布をとるニューロパチーはギラン・バレー症候群とCIDPだけである。非典型的CIDPには遠位優位型(DAD)、非対称形(MADSAM)、限局型、純粋運動型、純粋感覚型が知られている。MADSAMは非対称で上肢優位脱力を主症状とする。MADSAMは感覚障害を伴うこと、抗GM1-IgMが認められない点、ステロイドに反応する点から多巣性運動ニューロパチー(MMN)と区別される。

典型的CIDPが最も多く、次に非典型的CIDPの中でも非対称型(MADSAM)が続き、両者でCIDPの8割以上を占める。

典型的CIDP(typical CIDP)

典型的CIDPの病変の分布の理解には血液神経関門(BNB)の理解が有用である。BNBは血管内皮や神経周膜などで構成されており、抗体(免疫グロブリン)などの大分子量物質はBNBを通過できないため、典型的CIDPにおいてはBNBの脆弱な部位に好発しそれを反映した神経伝導異常が認められる。BNBは遠位部神経終末と神経根において生理的に欠如している。運動神経が筋内に入って分枝し神経筋接合部にいたる直前の数mmの神経終末と、神経根部の血液脳関門(BBB)とBNBの境界部の数mmではバリアが欠如している。この遠位部神経終末と神経根に典型的CIDPの病変は好発する。典型的CIDPでは近位筋が遠位筋と同様に障害されるという一般の多発ニューロパチーとは異なる特徴的な筋力分布の低下を呈するが、これは脱髄病変がBNB脆弱部である遠位部神経終末と神経根に限局することで説明可能である。すなわち末梢神経の遠位端と近位端に起こる病変は神経長に依存しないからである。遠位部に病変が限局する場合は免疫治療後に長期完全寛解が得られることがある。遠位部神経終末の評価として重要なのが遠位部刺激によるCMAPである。

MADSAM(multifocal demyekinating sensory and motor neuropathy)

典型的CIDPとは異なり遠位部CMAPが正常であり、本来BNBが機能している神経幹に局所性伝導ブロックが多巣性に生じる一群が存在する。その代表例が非対称性CIDP、すなわちMADSAMと多巣性運動運動ニューロパチーである。両者とも臨床病型が多発単ニューロパチーであることは神経幹の多巣性局所性脱髄病変が起こっていることとよく対応している。MADSAMでは多発性硬化症と同様にまず活性化リンパ球を介してBNBを破綻させる病態が先行することが予想され細胞性免疫の関与が予想される。また長期経過中にワーラー変性のために遠位部CMAP振幅の低下がみられることがあるがその場合にも遠位型脱髄と異なり遠位潜時の延長や遠位部CMAP持続時間の延長も認められない。日本では1990年に目崎らがLewis-Sumner症候群(LSS)という名称を提唱した影響でLSSと呼ばれることもあるが世界的にはMADSAMが定着している。

DAD(distal acquired demyelinateing symmetric neuropathy)

遠位優位型CIDP、すなわちDADが知られている。症状が遠位優位となることが特徴である。この病型の場合はMAG抗体陽性の脱髄性ニューロパチーが同様の臨床病型をとりやすいため注意が必要である。発症初期においてIgM抗MAG抗体はBNBを全く通過できない。そのためBNB欠損部であり神経終末と神経根にしかアクセスできない。しかし臨床病型はDADとなることがしられている。抗MAG抗体ニューロパチーは数年以上かけて緩徐に進行するため、経過中に二次性軸索変性を伴うためと考えられている。長期経過中におそらくサイトカインや補体の活性化などによりBNBが破壊されて病変は遠位部から徐々に神経幹におよび、神経伝導速度が低下していると考えられている。

症状

四肢の脱力やしびれ、感覚鈍麻といった、運動神経と末梢神経の双方の障害が認められる。そのため、下肢の脱力によって歩行困難や転倒しやすい状態になったり、上肢の脱力や感覚鈍麻により物をつかんだり細かい作業をしたりするのが困難になったりするといった症状が認められる。

軸索障害の存在を示す最も重要な臨床所見は筋萎縮である。脱髄による伝導ブロックではある程度の廃用性筋萎縮をきたす可能性はあるが基本的に脱神経はないため神経原性筋萎縮は起こらない。筋萎縮があれば軸索障害を合併したと考えられる。


  1. ^ a b J Peripher Nerv Syst. 2021 Sep;26(3):242-268. PMID 34085743
  2. ^ Lancet Neurol. 2010 Mar;9(3):245-53. PMID 20133204
  3. ^ Eur J Neurol. 2020 Mar;27(3):506-513. PMID 31571349


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