ミラーニューロン 考えられている機能

ミラーニューロン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/09 03:47 UTC 版)

考えられている機能

他者の意図の理解

多くの研究において、ミラーニューロンを、目標と意図の理解と関連付けている。フォガッシ (Fogassi)らは2005年の研究において[23]、2匹のアカゲザルの下頭頂葉 (IPL)にある41のミラーニューロンの活動を計測した。この、下頭頂葉は長い間、感覚情報を統合する連合皮質であると考えられている。サルは実験者がリンゴをつかみ口へと持っていく行動と、リンゴをつかみカップへと入れるという2種類の行動を観察した。合計で15のミラーニューロンが、"つかんで食べる"動きには活発に反応し、"つかんで入れる"動きにはまったく反応しなかった。また、4ニューロンはその反応とまったく逆の活動パターンを示した。ニューロンの活動を決定するのは、リンゴを操作する際の力学的な力ではなく、行動のタイプのみであるといえる。何故なら、サルのニューロンは実験者の二次的な行動 (リンゴを食べる、または入れる) の前に発火が始まっているからである。したがって、下頭頂葉のニューロンは"行動の組み込まれた最終目標によって異なる方法で、同じ行動 (つかむ) をコードしている"といえる[23]。このことは、他者の次の行動を予測し、意図の情報を得るための神経基盤となっていると考えられる[23]

共感

ミラーニューロンは共感とも関連付けられている。なぜなら、特定の脳領域 (特に島皮質前部と下前頭皮質) は自身の情動(快、不快、痛みなど)に反応し、かつ他者の情動を観察する際にも活動するからである[24] [25][26]。 しかし、このような脳領域は手の動きに対して鏡のような働きをする領域とは非常に異なっており、しかも、サルの研究では他者の感情に共感するミラーニューロンは見つかっていない。より最近の研究ではカイザース(Keysers)らが、自己評価質問表における共感の値が高い人ほど手の動きに対するミラーニューロンシステム[27]と情動に対するミラーニューロンシステム[26]の活動が高いことを示し、ミラーニューロンシステムが共感と関連付けられるより直接的な証拠としている。

感情は他の人に簡単に移すことができる。これは、対面でのやり取りや非言語的な手がかりなしに、大規模なソーシャルネットワークを通じても発生する可能性がある。不満を持っているグループとオンラインでやり取りすると、不満を感じる可能性もある。一方で、ポジティブなグループと交流することで、よりポジティブに感じる。多くの場合、怒りなどの否定的な感情は、肯定的な感情よりも簡単に伝る。脳内のこの伝染の原因となるのはミラーニューロンであり、自動的に他人の感情を拾うことに特化している。したがって、他人の怒りを自分のものと誤解することさえある[28]

言語

ヒトにおいて、ミラーニューロンシステムはブローカ野(言語領域)に近い下前頭皮質で見つかっている。このことからヒトの言語は、ミラーニューロンによる身振りの実行/理解のシステムから生まれたと考えることもできる。ミラーニューロンは他者の行動の理解、模倣の習得、他者の行動のシミュレーションをもたらすといわれている[29]。しかし、他の多くの言語進化の理論と同様に、その根拠となる直接の証拠はほとんどない。

自閉症

ミラーニューロンの欠陥と自閉症との関連を指摘する研究者もいる。一般的な子供では、ミラーニューロンの活動の指標であると信じられている、他者の動きを見ている際の運動野における脳波が抑制されている。しかし、自閉症の子供ではこのような抑制は見られない[30]。また、自閉症の子供は模倣の際のミラーニューロン領域の活動が比較的低い[7]。重度カナー自閉症児は他者の顔の表情の模倣を行うことができない。他者が両手の指の特殊な組み方を示しても、それを真似ることはできず、そうある物として認識するだけである。重度の自閉症児は「バイバイ」のような手の仕草も手のひらを自分側に向けて行う場合がある。このような行動パターンから、あくまで「重度の」自閉症にのみミラーニューロンの異常が指摘されている。さらに、自閉症スペクトラム障害を持つ成人の脳では、健常な成人と比較して、ミラーニューロンに関係しているとされる領域に解剖学的な違いが見つかっている。このような領域は全て、健常者に比べて薄くなっており、その薄さは自閉症の度合いと相関していた。さらに、この相関は他の領域では見られないものであった[31]。この結果に基づき、自閉症はミラーニューロンの欠如によって生じ、社会的能力や模倣、共感、心の理論の障害を起こすと主張する研究者も存在する。しかし、この様な理論はいくつもある自閉症の理論の1つに過ぎず、いまだ証明されていない[2]

心の理論

心の哲学において、ミラーニューロンは、私たちの持つ'心の理論'の能力に関係するシミュレーション説の研究者の注目を集めるものとなっている。'心の理論'とは他者の体験や行動からその人の心理的な状態 (例えば、考えや欲求)を推測する能力のことである。例えばあなたが、'クッキー'とラベルされた缶に手を伸ばそうとしている人を見た時、あなたはその人がクッキーを食べたいと考え、(たとえ、本当はクッキーがその缶の中に入っていないことをあなたが知っていたとしても)その人はクッキーがその缶に入っていると考えている、と推測するだろう。

このような私たちの持つ心の理論の能力に関してはいくつもの異なるモデルが存在する。その内最もミラーニューロンと関連が深いのはシミュレーション説である。シミュレーション説によれば、私たちが無意識に観察している他者の心理状態をシミュレートすることで、心の理論は可能となる[32][33]。ミラーニューロンは、私たちが他者をより深く理解するために行うシミュレーションに必要となる機構だと解釈され、ミラーニューロンの発見は、 (発見の10年前から提唱されていた) シミュレーション説の有効性を証明するものであると考えられている[34]

性差

ミラーニューロンに関連するMEGの信号が男性に比べ女性の方が強いとする研究が存在する[35]。しかしこの実験のサンプルサイズは比較的小さいため、さらなる検証が必要である [36]

共感性羞恥心

ミラーニューロン」の働きは「共感性羞恥心」のメカニズムにも関係している可能性があります。共感性羞恥心とは、他人が恥ずかしい状況にあると、自分も同じように恥ずかしさや居たたまれなさを感じる心理状態です。ミラーニューロンは、他者の恥ずかしい表情や態度を観察すると、自分も同じように反応して恥ずかしさを感じることを引き起こすと考えられています。


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