ドルーシャウトの肖像画 ドルーシャウトの肖像画の概要

ドルーシャウトの肖像画

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/18 08:01 UTC 版)

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ドルーシャウトの肖像画
作家 マーティン・ドルーシャウト
1623
種類 エングレービング
寸法 34 cm × 22.5 cm (13 in × 8.9 in)

当時から出版物の口絵に肖像画を用いることは一般的だったが、この版画が正確にはどのような状況で製作されたのかは明らかではない。また、2人いる「マーティン・ドルーシャウト」のどちらがこの版画をつくったのかも不明であれば、現存する絵ないしスケッチがどの程度までシェイクスピアの特徴を伝えているのかも定かではない。芸術作品として見た場合、批評家は概してこの絵に好意的ではないが、わずかながら擁護する立場の論者もいる。シェイクスピア別人説を唱える人間はこの絵に隠されたメッセージを発見したと主張している。

ステート

版画の第1ステートはそれほど立体的に描かれておらず、例えば顎や右側の髪などは明度も低い。
第2ステートもしくは最終ステート

この版画には2段階の「ステート」がある。つまりドルーシャウト自身による同一の原版から印刷された異なるバージョンの肖像画が存在する。第1ステートのものはきわめて数が少なく、4点しか現存していない[1]。おそらくこれは試し刷りで、修正する必要があるかどうかを彫師が確かめるためにつくられたものである。現存する「ファースト・フォリオ」の圧倒的大多数は第2ステートを使用している。こちらのほうが陰影がはっきりしており、他にも細かな違いがあるが特に顎のラインと口ひげが対照的である。

もっと後になってからの第2ステートの版画も、わずかな修整が加わっているが、ロバート・アロットが新たに編纂して出版したシェイクスピアの戯曲集である「セカンド・フォリオ」のため、1632年にトマス・コーツが同じ版から印刷したものである[2]。以降の「フォリオ」にも再利用された原版は当時すでに摩滅が始まっていたが、繰り返し再刻された。1640年にはもうウィリアム・マーシャルがジョン・ベンソンの編んだソネット集のために新しく版画の図案をつくり印刷を行っている。その後に複製されたこの肖像画は、全て後世の版画家が原版から印刷された画を写しとってつくった版画である。

2人のマーティン・ドルーシャウト

ドルーシャウト家はオランダからイギリスへと渡った芸術家の一族である。この家にはマーティンという名の人間が2人いたために、この版画を製作したのかどちらなのかをめぐって議論がたたかわされた。多くの論者が小マーティン・ドルーシャウト(1601年 - 1639年以降)を作者だとしている。彼はブリュッセル出身の移民であるマイケル・ドルーシャウトの息子であるが、生年と家系をのぞけばほとんど知られていない。しかし父も彫刻師であったため、マーティンもその後を継ぎ、シェイクスピアの版画を手がけることになったと考えられている。シェイクスピアが没した年に小マーティンは15歳であり、おそらくはこの詩人に会ったことがないまま、既存の肖像画をたよりに仕事をした[1]

小マーティンの叔父であるマーティン・ドルーシャウト(1560年頃 - 1642年に関する新事実を明らかにしたのがメアリ・エドモンドによるドルーシャウト家の調査および研究である。エドモンドによれば、大マーティンは「画家と染色家のための名誉組合英語版」のメンバーだったのである。彼女は次のように書いている。

シェイクスピアの版画は小マーティンの作とするのが習いとなっているが、これは文書で裏付けられた芸術家である同名の叔父がいたことを鑑みれば道理にあわないように思われる。1601年生まれのマーティン・ドルーシャウトは無名の人物であり、釣り合いがとれていない[3]

しかし2000年代に入ってジューン ・ シュルーターが「ファースト・フォリオ」の彫刻師がマドリードに滞在していたことで知られる時期に大マーティンはロンドンにいたことを示す証拠を発見した[4]。彼女は大マーティンがシェイクスピアの肖像画の作者であるというエドモンドの主張を証明するためにこの資料調査を始めたのだが、この新発見から導き出されたのは、実際の作者は小マーティンのほうであるという結論だった[5]

伝統的に小マーティンが作者だとされてきたのは画家としての技量の問題からだった。大マーティンは一般に甥よりも技巧に優れた芸術家とされており、裏を返せばこの肖像画の身体の描き方にみられるぎこちなさは、小マーティンの版画に通じるものがあったのである。ナショナル・ポートレート・ギャラリーも暫定的に小マーティンを作者として認定していた[1]


  1. ^ a b c d e f g Tarnya Cooper, Searching for Shakespeare, National Portrait Gallery; Yale Center for British Art, p. 48.
  2. ^ National Portrait Gallery
  3. ^ Mary Edmond, "It was for gentle Shakespeare cut. Shakespeare Quarterly 42.3 (1991), p. 343.
  4. ^ June Schlueter, "Martin Droeshout Redivivus: Reassessing the Folio Engraving of Shakespeare", Shakespeare Survey 60. Cambridge: Cambridge University Press, 2007, p. 240.
  5. ^ June Schlueter, "Martin Droeshout Redivivus: Reassessing the Folio Engraving of Shakespeare", Shakespeare Survey 60. Cambridge: Cambridge University Press, 2007, p. 242.
  6. ^ Wivell, Abraham, An inquiry into the history, authenticity, & characteristics of the Shakspeare portraits: in which the criticisms of Malone, Steevens, Boaden, & others, are examined, confirmed, or refuted. Embracing the Felton, the Chandos, the Duke of Somerset's pictures, the Droeshout print, and the monument of Shakspeare, at Stratford; together with an exposé of the spurious pictures and prints, 1827, p. 56.
  7. ^ George Scharf, On the Principal Portraits of William Shakespeare, London, Spottiswoode, 1864, p. 3. See also [The_Portraits_of_Shakespeare, 1911 Encyclopedia Britannica http://en.wikisource.org/wiki/1911_Encyclop%C3%A6dia_Britannica/Shakespeare,_William/The_Portraits_of_Shakespeare]
  8. ^ Mary Edmond, "It was for gentle Shakespeare cut". Shakespeare Quarterly 42.3 (1991), p. 344.
  9. ^ Paul Bertram and Frank Cossa, 'Willm Shakespeare 1609': The Flower Portrait Revisited, Shakespeare Quarterly, Vol. 37, No. 1 (Spring, 1986), pp. 83–96
  10. ^ Tarnya Cooper, Searching for Shakespeare, Yale University Press, 2006, pp. 72–4
  11. ^ a b Marjorie B. Garber, Profiling Shakespeare, Taylor & Francis, 24 Mar 2008, p. 221.
  12. ^ Samuel Schoenbaum, Shakespeare's Lives, Clarendon Press, 1970, p. 11.
  13. ^ a b Benjamin Roland Lewis, The Shakespeare documents: facsimiles, transliterations, translations, & commentary, Volume 2, Greenwood Press, 1969, pp. 553–556.
  14. ^ James Boaden, An inquiry into the authenticity of various pictures and prints: which, from the decease of the poet to our own times, have been offered to the public as portraits of Shakspeare: containing a careful examination of the evidence on which they claim to be received; by which the pretended portraits have been rejected, the genuine confirmed and established, illustrated by accurate and finished engravings, by the ablest artists, from such originals as were of indisputable authority, R. Triphook, 1824, pp. 16–18.
  15. ^ William Stone Booth, Droeshout Portrait of William Shakespeare an Experiment in Identification, Privately printed, 1911.
  16. ^ Percy Allen, The Life Story of Edward de Vere as "William Shakespeare", Palmer, 1932, pp. 319–28
  17. ^ Lillian Schwartz, "The Art Historian's Computer" Scientific American, April 1995, pp. 106–11. See also Terry Ross, "The Droeshout Engraving of Shakespeare: Why It's NOT Queen Elizabeth".
  18. ^ ダーニング・ローレンスは次のような主張も行っている。ドルーシャウトによる他の版画も "同じように狡知をこらしてつくられたものとみて間違いないだろう。つまり彼の版画に隠された意味を理解できる人間には作者の真の顔を暴くことができるように描かれているのである" Edwin Durning-Lawrence, Bacon Is Shake-Speare, John McBride Co., New York, 1910, pp. 23, 79–80.


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