ドルーシャウトの肖像画 研究

ドルーシャウトの肖像画

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/18 08:01 UTC 版)

研究

ニューカッスル・アポン・タイン、ヒートンのストラトフォード通りにある煉瓦の家屋に描かれたドルーシャウトの版画

立体表現が稚拙であり、頭と身体の関係もぎこちないことから、多くの批評家がこの版画はシェイクスピアを描いた作品としては拙い部類に入ると考えている[1]。J・ドーヴァー・ウィルソンは「プディング顔の肖像」[11] と呼び、シドニー・リーは「面長で額が上の方にあるし、左耳はぶかっこうに見える。頭のてっぺんは禿ているのに、耳にかかるだけの髪はたっぷりある」と書いている。サミュエル・ショーエンバウムも否定的で

版画の中でごわついた白襟に立てかけられたシェイクスピアの巨大な頭は、肩幅だけ広い馬鹿に小さなチュニックの上に置かれている…。光は様々な方向から同時に差し込み、球根のような額のこぶ―「ひどく悪化した水頭症」と呼ばれている―に注がれている。さらに光によって右目の下には奇妙な三角形が生じており、(第2ステートでは)右側の髪の毛の先が照らし出されている[12]

と述べている。クーパーは「イングランドでは版画の技術は発展途上にあり、熟練の彫刻師は比較的少なかった。とはいえそうした緩い水準からしても、ドルーシャウトの版画はあまりに隙だらけだ」と書いている[1]。ベンジャミン・ロランド・ルイスによれば「ドルーシャウトの仕事はほぼ全てが芸術作品として同じ欠点を抱えている。彼は版画の様式が安定した時代の彫刻師であり、創造的な芸術家ということはできない」[13]

全ての批評家がこのような厳しい見方をしているわけではない。19世紀の著述家ジェイムズ・ボーデンは「私にとってこの肖像は、穏やかな慈愛をたたえ、優しく人を思いやり何もかも包み込む一面を持っている。メランコリーが気まぐれな思いつきに席を譲ったときのような、ないまぜになった感情のようなものがここにはある」と語り、この「嫌われている作品」がどんな有名な肖像画よりもシェイクアスピアの特徴をとらえているという友人の俳優ジョン・フィリップ・ケンブルの考えも紹介している[14]

陰謀論

影と顎のラインの間に線が引かれている。陰謀論者がシェイクスピアの顔は仮面だと主張するゆえんである

シェイクスピアの戯曲には真の作者が別にいる、という説の支持者は、その秘密に迫る鍵が肖像画には隠されていると主張している。実際にドーヴァー・ウィルソンは、シェイクスピアの版画と「葬儀像」(funeral effigy)が稚拙であるのは、「ベーコン卿やダービー伯、オックスフォード伯のため―真の作者としてその時々に流行の貴族であれば誰でもよい―『ストラトフォードのシェイクスピア』を作者の地位から引きずりおろそうとする動き」が背景にあるからだと主張している[11]。1911年にウィリアム・ストーン・ブースが出版した本は、シェイクスピア作品を書いた人間がフランシス・ベーコンであることを証明し、版画の顔は彼との「解剖学的な一致」がみられると主張するものだった。ブースは版画にいくつかのベーコンの肖像画を重ね「画像の組み合わせ」を行ったのである[15]。しかし後に同じ手法をとったチャールズ・シドニー・ボークラークはこの肖像画はオックスフォード伯を描いたものであると結論づけている[16]。1995年にはリリアン・シュワルツがこの手法にコンピューターを導入して、エリザベス1世の肖像画がもとになっていると論じている[17]

別の角度からのアプローチとして、この版画はウィリアム・シェイクスピアを描いてはいるが、彼を貶めるためにわざと醜くしたという説や、彼は作者を隠すための仮面に使われているという説がある。ダブレットの右袖は肩の裏側が表に来ているし、立体表現のための影と顎のラインとの間に線が引かれていることは仮面であることを示唆している。エドウィン・ダーニング・ローレンスによれば「何の問題もない。疑問をはさむ余地がないのだ。事実これは巧妙に描かれた暗号なのである。描かれているのは2本の左腕と仮面だ…。特に注目すべきは耳が仮面のものであるため奇妙な目立ち方をしていること、さらに仮面の縁がつくる線がはっきりと見てとれるということだ」[18]

こうした説が美術史において主流となったことはない。ベンジャミン・ロランド・ルイスは、しばしば陰謀説に利用される特徴的な表現はこの時代の版画には普遍的にみられるものであり、おかしなものではないと書いている。例えばヘレフォードのジョン・デイヴィスの版画にもそういった奇妙な部分のほとんどが共通している。つまり頭が胴体にどう置かれているのかがわかりにくかったり、「右肩と左肩の描き分け方が同じようにぎこちない」のである[13]


  1. ^ a b c d e f g Tarnya Cooper, Searching for Shakespeare, National Portrait Gallery; Yale Center for British Art, p. 48.
  2. ^ National Portrait Gallery
  3. ^ Mary Edmond, "It was for gentle Shakespeare cut. Shakespeare Quarterly 42.3 (1991), p. 343.
  4. ^ June Schlueter, "Martin Droeshout Redivivus: Reassessing the Folio Engraving of Shakespeare", Shakespeare Survey 60. Cambridge: Cambridge University Press, 2007, p. 240.
  5. ^ June Schlueter, "Martin Droeshout Redivivus: Reassessing the Folio Engraving of Shakespeare", Shakespeare Survey 60. Cambridge: Cambridge University Press, 2007, p. 242.
  6. ^ Wivell, Abraham, An inquiry into the history, authenticity, & characteristics of the Shakspeare portraits: in which the criticisms of Malone, Steevens, Boaden, & others, are examined, confirmed, or refuted. Embracing the Felton, the Chandos, the Duke of Somerset's pictures, the Droeshout print, and the monument of Shakspeare, at Stratford; together with an exposé of the spurious pictures and prints, 1827, p. 56.
  7. ^ George Scharf, On the Principal Portraits of William Shakespeare, London, Spottiswoode, 1864, p. 3. See also [The_Portraits_of_Shakespeare, 1911 Encyclopedia Britannica http://en.wikisource.org/wiki/1911_Encyclop%C3%A6dia_Britannica/Shakespeare,_William/The_Portraits_of_Shakespeare]
  8. ^ Mary Edmond, "It was for gentle Shakespeare cut". Shakespeare Quarterly 42.3 (1991), p. 344.
  9. ^ Paul Bertram and Frank Cossa, 'Willm Shakespeare 1609': The Flower Portrait Revisited, Shakespeare Quarterly, Vol. 37, No. 1 (Spring, 1986), pp. 83–96
  10. ^ Tarnya Cooper, Searching for Shakespeare, Yale University Press, 2006, pp. 72–4
  11. ^ a b Marjorie B. Garber, Profiling Shakespeare, Taylor & Francis, 24 Mar 2008, p. 221.
  12. ^ Samuel Schoenbaum, Shakespeare's Lives, Clarendon Press, 1970, p. 11.
  13. ^ a b Benjamin Roland Lewis, The Shakespeare documents: facsimiles, transliterations, translations, & commentary, Volume 2, Greenwood Press, 1969, pp. 553–556.
  14. ^ James Boaden, An inquiry into the authenticity of various pictures and prints: which, from the decease of the poet to our own times, have been offered to the public as portraits of Shakspeare: containing a careful examination of the evidence on which they claim to be received; by which the pretended portraits have been rejected, the genuine confirmed and established, illustrated by accurate and finished engravings, by the ablest artists, from such originals as were of indisputable authority, R. Triphook, 1824, pp. 16–18.
  15. ^ William Stone Booth, Droeshout Portrait of William Shakespeare an Experiment in Identification, Privately printed, 1911.
  16. ^ Percy Allen, The Life Story of Edward de Vere as "William Shakespeare", Palmer, 1932, pp. 319–28
  17. ^ Lillian Schwartz, "The Art Historian's Computer" Scientific American, April 1995, pp. 106–11. See also Terry Ross, "The Droeshout Engraving of Shakespeare: Why It's NOT Queen Elizabeth".
  18. ^ ダーニング・ローレンスは次のような主張も行っている。ドルーシャウトによる他の版画も "同じように狡知をこらしてつくられたものとみて間違いないだろう。つまり彼の版画に隠された意味を理解できる人間には作者の真の顔を暴くことができるように描かれているのである" Edwin Durning-Lawrence, Bacon Is Shake-Speare, John McBride Co., New York, 1910, pp. 23, 79–80.





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