アラス 見どころ

アラス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/15 22:17 UTC 版)

見どころ

タウン・ホールと鐘楼
英雄広場にある市場
アラス大聖堂

市の中心部は、3つの広い広場、大広場(Grande Place)、英雄広場(Place des Héros)、小広場(Petite Place)に特徴づけられる。これらは建物に囲まれ、第一次世界大戦以前の姿に復元された。最も有名なのが、ゴシック様式のタウン・ホール(戦後ほんのわずかグランディオーズ様式に再建された)と、アラス大聖堂である。

アラス大聖堂の原型は、1030年から1396年にかけ建設され、北フランスで最も美しいゴシック様式の建築の1つであった。この建物は、フランス革命で破壊された。

美術館や官公庁の建物を含め、アラスの有名な建築物の多くは、旧聖ヴァースト修道院のあった場所を占めている。修道院付属教会は打ち捨てられた後、1833年に流行だった古典様式で再建された。現在は町の大聖堂として使用されている。設計は、一時聖ヴァースト修道院の僧職であったこともあるローアン枢機卿ルイ・ルネ・エドゥアールによって選ばれた。全く簡素であり、多数の直角の様相が使用されている。教会内は彫像の優れたコレクションがあり、いくつかの聖遺物が納められている。

アラスにある2つの建築物が、UNESCO世界遺産に登録されている。

カナダ国立ヴィミ記念墓地は、市のちょうど北に位置し、第一次世界大戦中の戦闘で初めてカナダ軍が自軍を大戦に投入した、ヴィミ・リッジの戦いのあった場所にある。4つのカナダ軍部隊が1917年の復活祭の週末に戦ったのである。この記念墓地は、大戦によりフランスで戦没または行方不明となったカナダ人兵士を追悼するため建てられた。1936年7月に、当時のイギリス王エドワード8世が除幕式に出席している。近郊の村アブラン=サン=ナザールに見えるノートルダム・ド・ロレット聖堂は、同様にかつてフランスでも大きな第一次世界大戦戦没者墓地の一つだった。大戦でイギリス帝国とイギリス連邦軍の兵士らが掘った地下トンネル網は、郊外にあるカリエール・ウェリントン博物館へ行けば見られる。


  1. ^ "Arras". Northern France and the Paris Region, pp. 120-122. Michelin Travel Publications, 2006. ISBN 2067119281
  2. ^ "Arras." Concise Dictionary of World Place-Names. John Everett-Heath. Oxford University Press 2005.
  3. ^ a b "Arras." Encyclopedia of the Middle Ages. Ed. André Vauchez
  4. ^ "Arras." Merriam-Webster's Geographical Dictionary. (2007).
  5. ^ "Arras." Encyclopædia Britannica. 2008.
  6. ^ ドイツ軍、英仏海峡に到達(『東京朝日新聞』昭和15年5月22日)『昭和ニュース辞典第7巻 昭和14年-昭和16年』p369 昭和ニュース事典編纂委員会 毎日コミュニケーションズ刊 1994年






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