新性能電車
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新性能電車(しんせいのうでんしゃ)とは、日本国有鉄道(国鉄)において、ひとつの主制御器で2両分8個の主電動機を制御し[注 1]、カルダン駆動方式や電磁直通ブレーキ(または電気指令式ブレーキ)を採用する在来線電車全般を指す用語である。[要出典]
注釈
- ^ 後に、ひとつの主制御器で4個の主電動機を制御する(1C4M)「1M方式」電動車が登場している。
- ^ この『新性能車』との呼称を、私鉄各社の『高性能車』と混同して呼称する事例も一部に散見されるが、当時の国鉄は『高性能車』=『新性能車』の意味合いでは使用していない
- ^ 久保田博「国鉄通勤型電車の最近の動き」(電気車研究会『鉄道ピクトリアル』156号、1964年4月 特集:国鉄通勤電車、35-37頁)
- ^ ただし、103系は従来よく言われているように、山手線用の4M4Tだけを目的とした形式ではなく、6M4Tでの10連を想定し、起動加速度2.5 km/h/sec程度、常用減速度3.5 km/h/secという、通勤形という用途に限れば、旧形電車である72系をほぼすべての性能で圧倒するものであった(交友社『鉄道ファン』541号 2006年5月号、特集:究極の標準形通勤電車103系)。
- ^ 101系は定格速度を55 km/h - 68 km/h程度と高めにとってあり、走行性能上は以降の通勤形電車とは一線を画す。
- ^ その後はJR西日本207系電車から車体幅2.9 mですそを絞る構造が一般化する。
- ^ ただし、周波数の異なる交流電化区間同士が直結しているのは北陸新幹線だけであり、在来線用の50・60Hz両用車は3電源対応の交直流電車からの改造によるものである。
- ^ 定説主張の裏付けとされている101系電車においても、特に6M2Tの強力編成が投入可能になった時期の山手線では輸送力増強・ダイヤカットに大きく貢献している。なお、ダイヤカット分を増発に転嫁しようとした際、72系の電動車比率を高めて101系6M2Tに追随できるようにするという案も出たが、その際の編成あたりの消費電力は101系6M2Tを超えるものであり、103系の新製投入をもってこれに充てるしかなかった。
- ^ 直流電化区間での客車列車が極めて少なかったのはこれが理由である
- ^ ことに京阪80型は碓氷峠に匹敵する66.7パーミルの急勾配区間を含む運用線区の特殊な使用条件もあったが、同時代に存在した「和製PCC車」と呼ばれるカルダン駆動方式を採用する日本の路面電車各形式のほぼ全てを上回る45kW級の複巻電動機を1両あたり4基搭載していた。これにより3.2km/h/sという高い加速性能を実現しつつ、弱め界磁制御との組み合わせによって高床の一般車と同じダイヤで急行・準急運転が可能な高速性能を合わせて実現した。80型ではさらに京阪本線用2000系のシステムを発展させた主制御器には定速度制御機構が搭載されており、回生ブレーキを抑速・停止に常用、加えて空気ばね台車を装着するなど、この80型は同時代の都市間高速電車でも採用例の少ない高度な機能を満載していた。
- ^ それらの多くは、ここで定義される「新性能電車」の大半と同等か、あるいはより高い加減速性能を実現していた。
- ^ もっとも、私鉄では1954年の東急5000系電車 (初代)や奈良電気鉄道デハボ1200形電車など、実用化の最初期から付随車あるいは制御車の連結を前提として計画・設計された高性能車が少なからず存在し、1970年代中盤まで本線系新造カルダン車を全て全電動車方式としていた名古屋鉄道、さらには21世紀に入り、VVVF制御の下で大出力誘導電動機が利用可能となるまで一部の車両以外は全電動車式としていた京浜急行電鉄のように、経済性よりも加減速性能を優先させた会社も存在した。
- ^ 阪神電気鉄道の場合は名鉄や京急と異なり、加減速性能に対する要求の特に厳しいジェットカーは全電動車方式とする一方、速達列車系のいわゆる“赤胴車”は長年50~75kW主電動機でMT比2:1乃至1:1と、110kW主電動機を搭載した国鉄103系とは、低速域で大差なく、中速域以上ではやや劣る程度の性能になっている。これは、阪神電鉄がカルダン車輌を導入し始めた頃は架線電圧が600Vであり、消費電流が制限されたことと関係しており、つまり国鉄と事情は似たようなものであった。
出典
- 1 新性能電車とは
- 2 新性能電車の概要
- 3 新性能電車という表現
- 4 脚注
- 高性能電車のページへのリンク