新時代劇路線の企画
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東映京都撮影所長・岡田茂は1966年の秋に、時代劇復興の望みを込め、「新しく三つの柱を中心に今年から来年(1967年)にかけて時代劇攻勢をかける」と発表した。 「三つの柱」とは、岡田と本社製作担当重役・坪井與の話し合いにより定められた、(1)新しいタイプの主人公による時代劇、(2)特撮を駆使した時代劇、(3)オーソドックスな東映時代劇の3路線のことである。本作は(1)型の時代劇として、夏八木勲主演・五社英雄監督によるアクション時代劇『牙狼之介』とともに、「現代劇にもつながるアクションとスピードを見せることで、スポーツ的な爽快感を観客に感じさせねば」という岡田のコンセプトに基づき、「集団抗争時代劇」路線を延長させた形の「新時代劇」として企画された。 東映京都はのちに上記(2)タイプとして『ワタリ』を、(3)タイプとして『一心太助 江戸っ子祭り』、『銭形平次(大川橋蔵版)』を製作した。岡田は他に「監督未定で『大逆臣』を企画している」と話しているが、製作に着手されたかは不明である。また、この時に発表された企画以外の時代劇路線の広がりは結局なかった。岡田はのちの一時期、時代劇路線の撤廃に着手し、1976年12月の『映画ジャーナル』のインタビューで「時代劇に固執するものは一人もいらないんだ、どこか他で撮ってくれ、という勢の大きな嵐なんだ(略)思い切って時代劇にとどめを刺した」と語っている。
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