教皇レオ10世の使節として
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「トリスタン・ダ・クーニャ (探検家)」の記事における「教皇レオ10世の使節として」の解説
クーニャは帰国後の1514年、マヌエル1世より教皇レオ10世へ使節として派遣され、ポルトガル海上帝国の新たな征服に乗り出すこととなる。同年3月12日、140人からなる豪奢で大きな使節団が異国の野生動物とインドの富とともにローマの通りを闊歩する。その一行は教皇への献上品として贈られたハンノという名のゾウを中心に、2頭のヒョウ、数羽のオウムや七面鳥、そしてインドの貴重な馬を連れていた。ハンノの背には銀の城が載せられ、その中に真珠と宝石で飾られたベストと金貨が収められていた。教皇はサンタンジェロ城でこれら献上品を受け取り、以後ハンノは教皇の寵愛を受ける。 教皇もマヌエル王に贈り物をしたため、王は船いっぱいの香料で返礼した。そしてインド王から1頭のサイを届けさせたが、その船はジェノバ沖で難破してしまった。アルブレヒト・デューラーは1515年、このサイをモチーフに(デューラー本人はサイを見たことが無く、作者不詳のスケッチを基にした)木版画「犀」を完成させる。
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