慶長豆板銀
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/14 16:14 UTC 版)
慶長初期の丁銀は従来の古丁銀や極印銀と同様に取引価格に応じて鏨(たがね)で切断して用いる切遣いが行われていたが、幕府はこれを防止するため、元和6年(1620年)頃から、0.1匁から10匁程度の丁銀と同品位である平たい粒状の豆板銀(小玉銀)の鋳造を始め、以後切遣いは禁止した。この豆板銀は少量の量目調整用および、小額の取引用に使用され丁銀の補助的役割を果たした。 慶長豆板銀(けいちょうまめいたぎん)は慶長丁銀と同品位につくられ、「(大黒像)、常是」または「常是、寳」の極印が打たれたもので、丁銀と同じく大黒像はやや斜めを向き、慶長豆板銀は変形したものが多い。大型で大黒印が数ヶ所打たれたものも存在し、また両面に打たれた「両面大黒」は存在しないとされたこともあるが、存在が確認されている。
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