幼少期から医師になるまで
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/11 02:07 UTC 版)
「葛西森夫」の記事における「幼少期から医師になるまで」の解説
葛西は1922年に青森県市浦村(現・五所川原市)で生まれ、函館で育った。1935年に旧制函館中学校(現北海道函館中部高等学校)に進学し、1940年に卒業した。葛西の父は近代教養を重んじる敬虔なクリスチャンであり、この影響を受けた彼は、グリム童話やアンデルセンに親しんで育ったのだという。 葛西は1941年から1943年にかけて旧制第二高等学校に在学した。旧制二高時代の学友には同級生の色川大吉、先輩の佐藤春郎(のち東北大学抗酸菌病研究所所長)などがおり、どちらも同じ山岳部に所属していた。当初は明善寮に居住していたが、時代背景から寮が右傾化したとして、山岳部員で愛宕神社の社務所を借り、「清渓寮」と名付けて卒業まで暮らした。1943年9月まで旧制二高に在籍した後、繰り上げ卒業により、1943年10月に東北帝国大学(現・東北大学)へ進んだ。1947年に同大学医学部を卒業後、東北大学医学部附属医院(現・東北大学病院)で同年10月から1949年2月まで研修医生活を送った。
※この「幼少期から医師になるまで」の解説は、「葛西森夫」の解説の一部です。
「幼少期から医師になるまで」を含む「葛西森夫」の記事については、「葛西森夫」の概要を参照ください。
- 幼少期から医師になるまでのページへのリンク