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ほうじょう-やすとき ほうでう― 【北条泰時】
(1183-1242) 鎌倉幕府三代執権。義時の子。江馬太郎と称す。常楽寺殿とも。承久の乱に幕府軍を率いて上洛、乱後、初代六波羅探題。1225年評定衆を設置。32年に制定した「御成敗式目」は以後の武家法の規範となった。
近代文学作品名辞典 |
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北条泰時
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/01/21 12:20 UTC 版)
北条 泰時(ほうじょう やすとき)は、鎌倉時代前期の武将。鎌倉幕府第2代執権・北条義時の長男。鎌倉幕府第3代執権である。(在任:1224年 - 1242年)御成敗式目を制定した人物で有名。
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