出生から新聞記者へ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/30 17:35 UTC 版)
1894年(明治27年)11月1日、茨城県筑波郡小田村(現在のつくば市小田)の文房具店の店主立花寛治郎の長男、立花寛一として生まれる。地元の尋常小学校を卒業後、1909年(明治42年)に同郷の東京日日新聞の記者、相島勘次郎を頼り上京。米国連合通信東京支局(のちのAP通信)の給仕の傍ら神田の英学校に学ぶ。この給仕時代の同僚に終生の友となる古野伊之助がいる。 その後、叔父の小泉丑治(浅草の劇場王・根岸浜吉の娘婿)の援助もあり早稲田大学の専門部政経学科に入学。1915年(大正4年)7月に大学を卒業後、読売新聞社の社会部記者となる。同僚の市川正一(1892年 - 1945年)、青野季吉と交流を重ねる。根岸はその後獄死した市川を、終生敬慕したという。
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