事件関係
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/21 05:32 UTC 版)
前身の「金町一家」は東京の下町の山谷の手配師の本締めであり、日雇い労働者を強烈に搾取していた。その為、日雇い労働者が組織する山谷争議団とは激しい対立関係にあった。特に1980年には「金町戦」、「金町戦争」と呼ばれ、争議団側が金町一家の街宣車を焼いたり、金町一家西戸組が争議団メンバーの殺害を予告したビラを撒くなど壮絶なものとなった。こうした様子は映画「山谷─やられたらやりかえせ」で描かれている。金町一家は映画スタッフを付け狙い、共同監督を務めた佐藤満夫、山岡強一の二人を路上で殺害している。 2011年12月14日午前―東京・六本木の雑居ビル内飲食店にて、山口組系組幹部を含む4名がおよそ20名の男らからビール瓶などを用いての集団暴行を受けるという事件が発生。溝口敦の伝えるところによれば、その4名のうち3名は傘下保科一家の構成員で、残りの1名が極心連合会の元構成員であった。うち1名は脳挫傷で生死の境を彷徨う事態に陥ったものの、一命を取り留めている。住吉会幸平一家関係者ならびに半グレ集団「関東連合」元関係者らによる加害であったという。のち2012年暮れに至って、実行犯の1人と見られる住吉会系組員の男が傷害容疑で逮捕されるも処分保留で釈放、それからほどなくして、中国残留孤児系不良グループ「怒羅権」の元リーダーで住吉会系組員の男(主犯格)、および関東連合OBら、あわせて4名に新たに逮捕状が出るに至った。この事件については、のちの「六本木クラブ襲撃事件」(2012年)に連なるものであったとの見方も示された。
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