ロシア領期
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/03 06:58 UTC 版)
1875年(明治8年)5月7日 - 樺太・千島交換条約締結により樺太島全島がロシア領となる。 1890年(明治23年) - 作家のアントン・チェーホフが、流刑地となっていた樺太を現地調査。亜港に上陸し周辺住民を調査。後に報告記「サハリン島」を執筆する。 1905年(明治38年)7月 - 日露戦争末期、日本軍が樺太島に侵攻・攻略、全域を開放(樺太の戦い (1905年))。ポーツマス条約締結後、北樺太はロシアに引き渡し。 1920年(大正9年)シベリア出兵の際尼港事件の発生を受け、7月、サガレン州派遣軍を派兵し北樺太を保障占領 する。 1925年(大正14年)5月15日 - 日ソ基本条約締結にともない北樺太から撤兵する。条約により北樺太の天然資源の利権を獲得(オハ油田も参照)。 1938年(昭和13年)1月3日 - 女優・岡田嘉子、脚本家・杉本良吉とともに樺太国境を越境し北樺太に亡命。スパイ容疑でソ連当局に逮捕され、杉本は銃殺された(大粛清)。
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