カイ・ハンセン ヴォーカル期(1994年 - 2014年)
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1994年、ロブ・ハルフォードが脱退したジューダス・プリーストのヴォーカリストを決めるオーディションに参加したことが発端となり、ラルフが脱退(ジューダス・プリーストのヴォーカリストにはティム・"リッパー"・オーウェンズが迎えられた。ラルフは一時音楽活動からは引退状態だったが、シナーのマット・シナーと共にプライマル・フィアを結成、現在も活動中)。カイは新たなヴォーカリストを迎えずに自らがギターと歌唱を兼任することを選択(カイ曰く、「専任ボーカリストが慾しくないわけではなく適任者がいないから」)。 4人編成となったバンドは1995年に通算4作目のアルバム『ランド・オブ・ザ・フリー』を発表。このアルバムにはハロウィン時代の盟友マイケル・キスクやブラインド・ガーディアンのハンズィ・キアシュがゲスト参加し、ファンタジックな世界観を全編に強調したコンセプト・アルバムともいえる内容であった。 1996年にライブ・アルバム『アライヴ'95』を発表した後、アルバムの録音を前にしてディルクが本来のパートであるベースギターに転向したいとの意向をカイに相談。カイは悩んだ結果ディルクの要求を受け入れ、ヤンにギターへの転向を勧めたがうまく行かず脱退、友人であり同時に加入したトーマスも脱退していった。後任には旧知の友人であるヘンヨ・リヒター(ギター)とフリーダム・コールや数多くのセッションで活躍しているダニエル・ツィマーマン(ドラムス)が加入、それまでアルバム発表の度にメンバーが変わっていたガンマ・レイだったが長らく続く不動のラインナップが揃った。 1997年にはアルバム『サムホエア・アウト・イン・スペース』、1999年に『パワープラント』、2000年に現メンバーで再レコーディングした楽曲とリマスターを行った楽曲を収録した2枚組ベスト・アルバム『ブラスト・フロム・ザ・パスト』、2001年に『ノー・ワールド・オーダー』、2003年に2枚組ライブ・アルバム『スケルトンズ・イン・ザ・クローゼット』、2005年に『マジェスティック』を発表。 所属していたレコード会社が買収されたため、新アルバムとライブDVDのリリースが未定であったが、2007年11月21日に『ランド・オブ・ザ・フリー2』をリリースした。また、「ハロウィン」のワールドツアーに帯同し、2008年2月にカップリング来日公演を行った。 2010年、アルバム『トゥ・ザ・メタル』を発表。2年ぶりに来日公演を行った。 2012年秋にダニエル・ツィマーマンが脱退していることが明かされた。後任は元メタリウム、ファイアーウインドのミヒャエル・エーレに決定。また、翌2013年3月にはライヴ音源付きミニ・アルバム『マスター・オブ・コンフュージョン』を発表し、6月に「ハロウィン」との2度目のジョイント・ツアーが実現した。 2014年、ミヒャエル・エーレ初参加となるオリジナル・アルバム『エンパイア・オブ・ジ・アンデッド』を発表。同年6月に来日公演を行った。
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