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ETSI

フルスペル:European Telecommunications Standards Institute
読み方イーティーエスアイ,エッツィ
別名:ヨーロッパ電気通信標準化協会欧州電気通信標準化協会

ETSIとは、ヨーロッパ圏の電気通信における標準仕様策定するために設立された標準化団体の名称である。米国ANSIと同様の役割を果たしている機関である。

ETSIは、ヨーロッパ各国における、電気通信管理する官公庁電気通信事業者メーカー研究機関などから構成されている。1988年設立され、欧州委員会EC)によって公式に認められている。なお、本部フランスにある。


参照リンク
ETSI - (英語)
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アイスマン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/05/02 13:52 UTC 版)

(エッツィ から転送)

アイスマン(エッツィ)
生誕 紀元前3300年頃
現在のイタリアボルツァーノ県ヴェルトゥルノ近辺
死没 紀元前3300年頃(約45歳)
イタリアオーストリア国境のハウスラプヨッホ
身長 1.65m
体重 50kg
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アイスマン英語: Iceman; Ötziとも)は、1991年アルプスにあるイタリアオーストリア国境のエッツ渓谷(ドイツ語: Ötztal; 海抜3210メートル)の氷河で見つかった、約5300年前の男性のミイラ[1]の愛称である。

目次

経緯

発見当時、発見された場所にちなんでオーストリアの新聞記者がエッツィ(Ötzi)と命名した。のちに発見場所がわずかに国境を越えていたことが判明し、イタリアに引き渡され、ボルツァーノ県立考古学博物館で公開されている。現在もイタリアの南チロル考古学研究所で調査が続けられている。

また同研究所は、発見当時の氷の中のアイスマンの精巧なレプリカの他、彼の所持品のレプリカと研究の成果を合わせて、世界各国で「氷の中からやってきた男」(イタリア語: Uomo Venuto Dal Ghiaccio英語: Man From The Iceドイツ語: Der Mann Aus Dem Eis)と題した展示会を開いている。2005年4月には、愛知県で開催された愛・地球博にちなみ、「アイスマン展」と題した展示会が名古屋の名古屋ボストン美術館と豊橋の自然史博物館で催された。

特徴

  • 作りかけの弓矢や精錬された銅製のを所持していた。
  • 背後に刺青の跡があり、つぼ治療をした痕と推測されている。
  • 腸に鞭虫が寄生しており、また靴紐にその寄生虫除去に効果があると考えられる成分ポリポレン酸を含んだカンバタケをつけていた
  • DNAの遺伝学的調査により、現在のアルプス北部の住民に近いことがわかった。
  • 目の色が茶色で、血液型はO型、牛乳が苦手だった可能性が高い。[2]

死因

長らく彼の死亡の原因は専門家の間でも様々な説が唱えられた。凍死説が有力であったが、2001年にのX線撮影で左肩に矢尻が見つかり、これが死因である可能性が高まった。ただし、死体の解剖分析は極めて貴重な資料を損傷するとして許可されないため実証することが難しかった。2007年にスイス・チューリヒ大などの研究チームが行ったコンピューター断層撮影装置により、動脈付近の傷が詳細に分析され、動脈損傷による失血死であることが実証された。

アイスマンは発掘現場の周辺で採取した植物の分析から、標高700mの麓に居住していたと推定されており、その地点では有史以前の遺跡も存在している。また付着した花粉分析から死亡時季は晩春と推定されているが、残雪が大量に残っている季節に岩と氷しかない3,000mを越える地点に登った理由は不明である。

部族間の争いに巻き込まれ、山を越えて逃亡する最中に死亡したという説や、アイスマンは麓の牧人であり、放牧のために高地に登ってきた際に何らかの災難にあったという説がある。

2010年には、イタリアの考古学者が、これまでの説を否定し、アイスマンが麓で死亡した後に、発見場所に運ばれ埋葬された可能性が高いという説を発表している。その証左として、発見された装備品が未完成のままであるという点と、胃の残存物から彼は4月頃に死亡したと推測されたものの、発見現場から8・9月頃の花粉が見つかっている点を挙げている。そのため、「麓の戦いで死に、(死亡時期の4月は積雪で登れないため)数ヶ月後に現場に埋められた」と結論付けている[3]

ただし、いずれにしても仮説の域をでないものであり、実証できる証拠はほとんどない。

その他

これまでアイスマンに関わった7人の法医学者、第一発見者夫婦のうち夫、ジャーナリストら関係各者が相次いで死亡した。例えば、法医学者が偶発的な事故死を遂げ、関係者の1人がその葬儀に出席する際の交通事故で死亡し、更に発見者夫婦の夫も死亡している。「ミイラの呪いでは?」と話題を寄せているが、発掘には数百人が関わってきたこと、アイスマン発見からすでに20年以上経過していることを考えれば、このうち何人かがすでに亡くなっていることは特に驚くことではないとの指摘もある。


  1. ^ 正確にはウェット・ミイラ、脱水処理をされていないミイラ
  2. ^ 「アイスマン」目は茶色=5300年前の男性ミイラ-DNA解読で判明・国際チーム
  3. ^ 2010年8月28日「京都新聞」8面(国際欄)『アイスマンは埋葬の可能性』より。


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