イスラエルの指導者となるまで
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/04/08 18:03 UTC 版)
「サムエル」の記事における「イスラエルの指導者となるまで」の解説
サムエル記によれば、主がサムエルに最初に言葉を語ったのは、祭司エリの身におきる災いについてであった。「主はまた三度目にサムエルを呼ばれたので、サムエルは起きてエリのもとへ行って言った、『あなたがお呼びになりました。わたしは、ここにおります』その時、エリは主がわらべを呼ばれたのであることを悟った。そしてエリはサムエルに言った、『行って寝なさい。もしあなたを呼ばれたら、しもべは聞きます。主よ、お話しくださいと言いなさい』サムエルは行って自分の所で寝た。(サムエル記上:3 : 8 - 9)「その日には、わたしが、かつてエリの家について話したことを、はじめから終りまでことごとく、エリに行うであろう。わたしはエリに、彼が知っている悪事のゆえに、その家を永久に罰することを告げる。その子らが神をけがしているのに、彼がそれをとめなかったからである。」(サムエル記上:3 : 12 - 13) サムエルはその経験を転機とし、その後もシロで奉仕を続けていくと、その評判は国中に及び、主の預言者としてイスラエルの人々に認められて行く。「サムエルは育っていった。主が彼と共におられて、その言葉を一つも地に落ちないようにされたので、ダンからベエルシバまで、イスラエルのすべての人は、サムエルが主の預言者と定められたことを知った。主はふたたびシロで現れられた。すなわち主はシロで、主の言葉によって、サムエルに自らを現された。こうしてサムエルの言葉は、あまねくイスラエルの人々に及んだ。」(サムエル記上:3 : 19 - 21) その後イスラエルは、宿敵ペリシテ人とのアペクでの戦いに惨敗し、契約の箱も奪われ、エリの二人の息子も殺され、それを聞いたエリもショックで倒れて死亡する。サムエルは人々に、他の神々を捨て去り一心に主に仕え立ち返るなら、主はペリシテ人から救って下さると言い、皆を集めて祈った。そこにペリシテ人が攻めてくるが、雷が敵の上に轟くと、敵は乱れて逃げて行った。こうしてサムエルの指導者としての地位は確立した。「サムエルが燔祭をささげていた時、ペリシテびとはイスラエルと戦おうとして近づいてきた。しかし主はその日、大いなる雷をペリシテびとの上にとどろかせて、彼らを乱されたので、彼らはイスラエルびとの前に敗れて逃げた。イスラエルの人々はミヅパを出てペリシテびとを追い、これを撃って、ベテカルの下まで行った。その時サムエルは一つの石をとってミヅパとエシャナの間にすえ、『主は今に至るまでわれわれを助けられた』と言って、その名をエベネゼルと名づけた。こうしてペリシテびとは征服され、ふたたびイスラエルの領地に、はいらなかった。サムエルの一生の間、主の手が、ペリシテびとを防いだ。ペリシテびとがイスラエルから取った町々は、エクロンからガテまで、イスラエルにかえり、イスラエルはその周囲の地をもペリシテびとの手から取りかえした。またイスラエルとアモリびととの間には平和があった。サムエルは一生の間イスラエルをさばいた。」(サムエル記上:7 : 10 - 15)
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