三省堂 大辞林 |
ごだいごてんのう ―てんわう 【後醍醐天皇】
(1288-1339) 第九六代天皇(在位 1318-1339)。名は尊治。後宇多天皇の皇子。親政を企てて正中の変・元弘の変に敗れ、隠岐に流された。1333年脱出し、新田義貞・足利尊氏らの支援で鎌倉幕府を滅ぼして建武新政権を樹立。のち公武の不和から親政は失敗し、尊氏らも離反、36年吉野に移り南朝を立てた。
防府歴史用語辞典 |
後醍醐天皇 (ごだいごてんのう)
1318年に即位した天皇で、鎌倉幕府を倒そうと2度計画をたてますが、失敗し、隠岐[おき]に流されます。後に鎌倉幕府がほろびると建武の新政[けんむのしんせい]をはじめますが、足利尊氏[あしかがたかうじ]が背き、吉野[よしの]に逃れて、南朝[なんちょう]をつくりました。
美術人名辞典 |
後醍醐天皇
読み方:ごだいごてんのう
第九十六代天皇。後宇多天皇の第二皇子。母は談天門院藤原忠子。名は尊治。鎌倉幕府を倒し、建武の中興を樹立し、天皇中心の儀式・典礼を整える等天皇専制を強化したが、足利尊氏が天皇に反し、持明院統を確立したのに対し吉野に潜幸して南朝を創始した。『建武年中行事』『建武日中行事』等を撰述した。延元4年(1339)崩御、52才。
第九十六代天皇。後宇多天皇の第二皇子。母は談天門院藤原忠子。名は尊治。鎌倉幕府を倒し、建武の中興を樹立し、天皇中心の儀式・典礼を整える等天皇専制を強化したが、足利尊氏が天皇に反し、持明院統を確立したのに対し吉野に潜幸して南朝を創始した。『建武年中行事』『建武日中行事』等を撰述した。延元4年(1339)崩御、52才。
歴代天皇陵一覧 |
後醍醐天皇 塔尾陵
(ごだいごてんのう とうのおのみささぎ)
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