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かりんとう
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/04/26 18:21 UTC 版)
(かりん糖 から転送)
かりんとう(かりん糖)は、小麦粉を砂糖・水・イーストや食塩・重曹などと共に練り合わせて棒状に成形した生地を、植物油で揚げ、黒砂糖や白砂糖で作った蜜をからめて乾燥させた、和菓子の一種である。花林糖と当て字で表現することもある。
庶民が慣れ親しんできた昔ながらの駄菓子としてのかりん糖がより一般的と言えるが、高級和菓子で知られる老舗の商品としてのかりん糖もある。 現代日本では、胡麻の実、抹茶、大豆、蕎麦粉、ピーナッツ、各種の緑黄色野菜・根菜等々[1]、様々な食材や、カルシウム等[1]を生地に混ぜたものが市販されている。
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歴史
起源については諸説あり、はっきりとはしていない。 唐菓子を起源とする説によれば、奈良時代、遣唐使によってもたらされた唐菓子であり、古代の上流階級に食されたという。江戸時代には関東にも広まり、明治初期には東京浅草周辺から庶民の味として親しまれるようになった。なお、現代の中国には「江米条」と呼ばれるかりん糖に似た菓子がある。また、日本の愛知県津島市の津島神社周辺地域(旧・尾張国海東郡、津島神社界隈)には「あかだ」「くつわ」と呼ばれる米粉を用いた昔ながらの油菓子がある。 南蛮菓子を起源とする説によれば、関連性を示す研究・文献はないものの、スペインにはペスティーニョと呼ばれるかりん糖そっくりの菓子がある。また、兵庫県姫路市周辺で作られているかりん糖は、江戸時代に姫路藩の殖産政策の一貫として、留学生が長崎のオランダ人から油菓子の製法を伝授され、同地に持ち帰ったのを起源とする説がある。 そのほか、戦国時代における兵士の保存食に起源を求める説もある。
地域差
関東のかりん糖は生地の発酵を長めに行い、比較的柔らかくて軽く、からめる蜜には白砂糖が用いられることもある。元々は上流階級の菓子として広まったもので、現在の高級なかりん糖の先駆けとなった。
一方、関西では硬めにこねた生地を用いるため、比較的硬めの食感を身上としており、先述の姫路地方で播州駄菓子(ばんしゅうだがし)と呼ばれるなど駄菓子として発達した。
東北地方ではバラエティに富み、岩手県の沿岸北部では棒状ではなく円盤状に成形した生地を揚げており、煎餅に似た形状が特徴である。秋田県では短冊状に加工したものがあり、味付けも味噌と砂糖をまぜたものを使う場合がある。宮城県では大崎市岩出山(旧・玉造郡岩出山町)の名物とされ、県内では袋だけでなく一斗缶に入った状態でも販売されている。
関連事項
- 類似した製品としては、奉天、かみなり、黒ねじといったものがある。
- 芋ケンピ :かりん糖から派生したとされる。
- かりんとう饅頭 :福島県田村市等で販売されている菓子。生地の味や食感がかりん糖に似ている。
- 1 かりんとうの概要
- 2 関連項目
かりん糖に関連した本
- 時代の波音―創立40周年記念民主文学短編小説集 日本民主主義文学会
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