治水 治水計画

治水

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/11 02:59 UTC 版)

治水計画

治水の目的は、人間の生命・財産・生活を水害から守ることであり、この治水目的を達成するために立案されるのが治水計画である。治水計画は次のような段階を踏んで策定されていく。

計画の基準

まず、対応すべき水害の外力規模を決定する。水害の規模に際限はなく、すべての水害を防御することは不可能なので、どの規模の水害に対応するかが最初の重要なポイントとなる。外力規模の決定にあたっては、防御すべき地域の重要性、その地域での水害発生頻度、河川の重要度などが考慮される。

歴史的には、最初既往最大水位(過去最も高かった水位)が治水計画の基準とされていたが、次いで既往最大流量(過去最も多かったと推定される流量)が採用されると、こんにち治水計画上重要とされている計画高水流量の概念が生まれた。

その後、より理論的な基準として年超過確率が採用され始めた。これは、観測された水位・流量・降水量の最大値を統計的に処理し、ある値(洪水となるか否かの分岐点となると考えられる値)を超える確率を算出するものであり、例えば年超過確率が1/10であれば、ある水位・流量・降水量を超える確率が10年に1回と想定されていることを表している。年超過確率をさらに発展させたのが年超過降雨確率の考え方であり、洪水を引き起こす規模の降雨の発生確率を統計的に求めたもので、年超過確率よりも普遍性が高いとされている。この年超過降雨確率に基づいて、基本高水流量が導入されるようになった。そして、これらを元にした洪水確率の概念が、現代の治水計画の基礎となっている。

計画の策定

治水計画はおおまかに次のような手順で策定されていく。

治水計画の策定はまず、計画基準点を選定することから始まる。選定に当たっては、防御の対象となるべき地域や主要な水理観測地点などが考慮される。

日本における治水計画の規模の長期目標

  • 大都市部の河川:150 - 200年に1度
  • 大河川(都市・農村部):100 - 150年に1度
  • 中小河川(都市部):50 - 100年に1度
  • 中小河川(農村部):10 - 50年に1度
  • 小河川(農村部):10年に1度以下

次いで、治水計画の規模を決定する。すなわち、年超過確率を元にして洪水確率=N年に1度洪水が発生するか、を算出した上で、その河川の重要度、防御すべき地域の重要度、過去の水害状況、他河川との均衡などを勘案して、どの規模の治水計画を策定するか決定する。#治水対策の3方針で前述したとおり、世界の大河川では500年から数千年・1万年に1度規模の治水計画が策定されており、その多くが計画目標を達成している。一方、洪水の発生しやすい日本では、治水計画の規模は数十年に1度レベルであることが多く、計画目標の達成率は60%前後にとどまっている。

次に計画降雨を決定する。これは、計画策定の元となる計画降雨量と計画ハイエトグラフ群を設定するものである。方法としては、実際の降雨量などを統計的に処理し、どの規模の降雨がどの頻度で発生するかをモデル化する。その上で、例えば1/50(50年に1度)規模の降雨に耐えうる治水計画を立てようと考えた場合を仮定すると、降雨モデルから1/50規模の降雨量とハイエトグラフ(単位時間当たりの降雨量をグラフ化したもの)を算定し、それによって導出されるのが計画降雨量と計画ハイエトグラフ群である。計画降雨はこのように求められる。

その次に、計画高水を決定する。これは、計画降雨があったと仮定した場合の計画高水を算出し、決定するものである。計画高水は、計画ハイドログラフと計画ピーク流量により表される。ハイドログラフとはある基準点における洪水流量を時間軸でグラフ化したもので、複数の基準点のハイドログラフを用いると、時間経過ごとの洪水流量の推移を見ることができる。また、ハイドログラフ上で示される最大流量がピーク流量である。計画ハイドログラフと計画ピーク流量は、モデル化された計画降雨を元に行われる洪水流出解析によって導出される。こうして計画高水が決定される。

計画高水が決定すれば、その流量について、どのような方法でどれだけの量を洪水調整するかが検討される。具体的な洪水調整の方法としては、ダム遊水池・調整地の建設や氾濫原の復元などがあるが、各施設の位置・容量を設定し、洪水流出解析モデルに組み込ませた上で洪水調整量が算定される。

計画高水流量を算出する合理式

  • Q = (1/3.6)・f・r・A
Q:計画流量(m3/s)
f:流出係数
r:洪水到達時間内の平均降雨強度(mm/h)
A:流域面積(km2
※流出係数には次の数値が用いられることが多い。密集市街地0.9、一般市街地0.8、山地0.7、水田0.7、原野0.6。

計画高水から洪水調整量を除いた流量が、治水計画上、河道に配分された洪水流量となる。既存の河道で洪水流量を十分流下させうる場合は問題ないが、十分な流量処理ができない場合は放水路を建設する必要が生じる。計画高水流量は次の式で決定される。

  • 計画高水流量 = 計画高水(計画ピーク流量) - 洪水調節量 - 放水路流量

この式のほか、合理式と呼ばれる式もある。合理式は、流域面積が小さく、洪水調整施設(ダム等)もない河川の計画高水流量を決定する際に適用されることが多い。

計画高水流量に基づいて計画高水水位が決定される。これは、治水計画上の河川の洪水時水位である。一般に河川堤防の高さは計画高水水位よりも高く(約2.5m - 3m)設定されている。

治水計画は、以上の各過程が段階的に積み重ねられ、必要に応じて前段階に戻って再検討が加えられるなどのフィードバックも経ながら策定される。また、上流から下流まで水系を一貫した治水計画であることも重要である。日本のように洪水流に多量の土砂が含まれる地域では、上流域における砂防対策をも治水計画の視野に入れる必要がある。

1980年代1990年代頃から、治水計画策定を支援することを目的として、流域内の水理・水文を視覚的に表すモデルが研究され、発展を遂げてきた。中でも、デンマーク水理研究所(DHI)が開発したMIKEシリーズというモデル群は、そのインターフェイスの簡明性と易操作性から世界各地で広く採用され、世界標準となりつつある。


  1. ^ 藤木久志『雑兵たちの戦場』朝日新聞社、1995年、同『飢饉と戦争の戦国を行く』朝日新聞社、2001年
  2. ^ 佐脇敬一郎「戦国期の水害と城普請・治水工事」『戦国史研究』第46号、2003年
  3. ^ 笹本正治『武田信玄』
  4. ^ 田子泰彦, 辻本良、河川の浅瀬に人工的に造成した淵における魚類の出現 『応用生態工学』 2006年 8巻 2号 p.165-178, doi:10.3825/ece.8.165






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