欧州・地中海パートナーシップ 両者間の関係

欧州・地中海パートナーシップ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2017/11/18 15:25 UTC 版)

両者間の関係

欧州連合は対象国との間で数多くの活動を実施している。もっとも重要なものとして、欧州連合が個別に地中海のパートナーと協議している欧州・地中海連合協定である。連合協定は欧州連合と各地中海パートナーとの関係についての個別の詳細を含んでいるが、同時に新しい欧州・地中海関係に関する全般的な原則を反映している。

地方面

政治・経済・文化の分野をも同時に扱っていることもあって、地方単位で対話を行うということはこのパートナーシップにおいてもっとも革新的な点である。地方協力は各国の補完性が強調される一方で、多くの地中海パートナーに共通する問題を扱うものとして注目されるべき戦略的な効果を持っている。

多元的な面では、連合協定のもとで行われる両者間での活動や対話を支え、また補っている。

2004年以降、地中海パートナーは欧州近隣政策の対象となり、2007年からは欧州近隣協力機関が設立されている。

その後の動き

エフード・バラックヤーセル・アラファートはともにソラナによるバルセロナ・プロセスの調整に高い賛辞を呈した。このときバラックは「われわれは和解に達し、イスラエルはついに『ヨーロッパ・クラブ』に入ることができた」と発言している。他方でリビアはバルセロナ会議に出席しておらず、ムアンマル・アル=カッザーフィーは、「会議は域外に覇権を広げようとするヨーロッパの企みが見え透いている」と主張した。ところが2000年にカッザーフィーとリビアは一転して、バルセロナ・プロセスの原理に同意し、またこれに署名した。バルセロナ会議後も年1度の会合が継続的に開かれ、バルセロナ・プロセスは2010年までに中東地域において自由貿易地域の設立に向けた目標が定められている。ソラナは、「会議10周年までに真の中東和平が実現しているだろう」と発言している。欧州・地中海自由貿易地域 (EU-MEFTA) はバルセロナ・プロセスと欧州近隣政策を基本としている。2004年のアガディール協定はその第1段階と考えられている。

現在

専門家の中には、バルセロナ・プロセスは効果がないと主張するものがいる。中東和平プロセスの障害はバルセロナ・プロセスに影響を及ぼしており、とくに第2のバスケットの進行を遅らせている。しかし経済バスケットそのものは成功であり、沿岸諸国では文化的な交流や各国民の交流を進めるための計画が策定されている。このほかの批判として、欧州連合が支配的にものごとを進めているというものがある。欧州連合がさまざまな情勢を評価しているということが、北が南に何かを指図しているかのような印象をもたらしている。近年、プロセスの共同性について繰り返し疑問が呈されている。

長期的なプロセス、また類似の計画のなかでもとくに複雑であるため、バルセロナ・プロセスに最終的な評価がなされることは時間がかかると見られている。

2007年、フランス大統領ニコラ・サルコジは原則として地中海沿岸諸国で構成され、欧州連合の枠組みの外で活動することを想定したと考えられる地中海連合の創設を提唱した。サルコジは地中海連合をトルコの欧州連合加盟の代替案として唱えていた。









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